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遼州戦記 保安隊日乗 7

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「法術……俺の祖母さん。あの遼南の女帝ムジャンタ・ラスバは帝位に就く前は先遼州文明の研究者だったからその絡みでいろいろ話は聞いていたが……法術師を作った宇宙文明って奴は確かに悪趣味の極みだね。人間はそんなに強くちゃいけないよ。強さってのは弱者に自慢するだけが取り柄の馬鹿野郎にはうれしいものかも知れねえが……その強さの意味ってモノが分かっちまうだけの頭の回転がある人間には重荷意外の何物でもないよ。自分の出来ること、しなければならないこと。それが嫌でも分かっちまう。そして人もそれを期待してしまう。伝説の預言者が東都のゲットーに籠もるようになったのも何となく分かるような気がするね」 
 独白。それは嵯峨が自分自身のことを言っている。そして誠達のこれからについても暗示している。誠にはそのような意味に聞こえて自然と口元が引き締まるのを感じていた。
「まあ……明日は新港への移動日だ。今日中にネネから要に連絡が入ると思うぞ……吉田の正体。しっかり聞いてきてくれよ」 
 それだけ言うと嵯峨はくるりと隊長の椅子を回して窓の外へと視線を移した。
「おい、叔父貴は吉田のことを……」 
 要の言葉にめんどくさそうに嵯峨が顔だけで振り向く。
「くどいねえ。俺は部下の才能は買うが個人のプライバシーまでのぞき見て喜ぶ趣味はねえんだよ。とっとと寮に帰って演習の予定表にでも目を通しておけよ。それと反省文の提出も忘れないように」 
 そのまま振り向いて手で出て行けと合図する嵯峨。誠達は仕方なくいつもとは勝手の違うきれいすぎる隊長室を後にした。
「芝居? 」 
 外に出たとたんにアイシャが要を見下ろして呟く。その青い瞳を見ながら要は苦々しげに首を振る。
「さあな……要するにアタシが相当な世間知らずだったと言うことが分かったのがアタシとしての収穫だよ」 
「それは良いことだ。実に良い進歩だな」 
 皮肉めいたカウラの言葉に反論する元気もなく、要はとぼとぼと実働部隊の執務室へと向かった。
 相変わらず人気のない廊下を渡り、執務室のドアを開ける。
「なんでアイシャがついて来てるんだよ」 
 部屋に一番に入って伸びをした要が振り返りながらそう言うのにアイシャはしたり顔でその肩を叩く。
「まあ……私は優秀だから準備はすべて終わってるの。それより……残務整理、たまっているんじゃないの? 」 
 アイシャに指摘されて誠もそそくさと自分のデスクに向かった。机の上には冊子が一枚と小さなディスク。そしてつたない文字で『心配をかけたからやっといたからね!』という手紙が残されていた。
「シャムの奴……気を利かせたつもりかよ。って言うか、シャムの仕事だろ?信用できるのか? 」 
「まあディスクの中身とレポートは副隊長が仕上げたんだろ。シャムが出来るのはそれを机に置くことくらいだ」 
「さすが……よく分かってらっしゃる」 
 カウラの言葉に要は苦笑いを浮かべながらディスクを自分の机の端末のスロットに差し込んで端末を起動させた。
「そう言えば最近クバルカ中佐は徹夜が多かったですからね……」 
「あれじゃあまるで児童虐待だぜ」
「西園寺。帰ったらそれを中佐に報告しておくか? 」 
 皮肉るつもりのカウラの言葉に要は大きく首を振りながら端末の画面を覗き込む。
「こりゃあ丁寧な作りだこと……」 
 誠も続けて立ち上がった端末の画面に丁寧に作り込まれたレポートがあるのを見て頷いた。
「まあランちゃんも凝り性だから……でもこれじゃあ仕事も何も無いわね。本当に隊長の言うとおり帰るしか無いわね」 
「そう言うことか……」 
 渋々要は端末を閉じながらぺらぺらとレポートをめくった。誠も目を通すが、宇宙での05式の動作特性に関する注意事項と連携を中心としたミッションの展開状況に関して念入りな図入りの文面にランの力の入れようを感じた。
「でも……空に浮いてるあれがどうなるかで無駄になるかも」 
 アイシャの一言に場が一瞬で凍り付く。
「その時……アタシ等が何が出来るのかね」 
「それは明日になれば分かることだ。帰るぞ」 
 カウラの一言に誠も緊張した脳を解放しながらそのまま飛び出していく要の後ろに続いた。


  殺戮機械が思い出に浸るとき 27

「ネネ……」 
 オンドラはサングラスを傾けながら珍しく通信端末のキーボードを叩きつづける少女の背中に声をかけた。
「報告書。今日中に仕上げないと仕事の報酬がもらえないわよ」 
 小さな手の前のキーボードの接続を示すランプが消えているのを見てオンドラはため息をついた。そのまま手を伸ばして接続をしようとするがネネは鋭い視線でそれを遮った。
「オフラインでこのまま印刷するのよ。端末の処分の予約も頼んでるから」 
「アタシの仕事は終わりってわけかい?」 
「そうね、あなたは租界から出られないものね。豊川から新港。中間点の横川あたりで西園寺のお嬢様にレポートを解説付きで渡す。そのセッティングをお願いできるかしら」 
 それだけ言うとネネはまた素早いタッチでタイピングを再開した。オンドラは呆れたというようにただ首を振りながらその場を後にする。
「殺人機械が殺人機械の大量殺戮を阻止しようとしている……なんだか不思議」 
 そう言って笑みを浮かべる自分の姿を罪悪感というものがわずかに残っているらしいオンドラに見られたらどう思われるだろうか?ネネはそれを想像して少しばかり自分の存在が吉田に近しいものであることを改めて認識していた。
 未来が見えて得をしたことと損をしたこと。どちらも何度となく経験し、この星が乱れ傾く様をただ予知したまま何もできないできたような気がしている自分が今回は多くの人の命を救うことになるかもしれない。
 ただそのことにも特に感慨は無かった。
 孤児として放浪し、預言者と呼ばれて畏怖と尊敬を集めていた時代も人々はネネの力にしか関心を持たなかった。同じようにネネも次第に出会う人に対する関心を失っていった。
 いくつかの見えた未来の中からその場で適した言葉を場当たり的に並べてそれなりの供物を得る。遼州動乱期にはそれが食物だったが今では電子口座に暗号化された預金データとして振り込まれるようになったのが唯一の違いだった。そういう意味では今時珍しく札束、しかも未使用のドル札ばかりを押し付けてきた要の頼み方はネネには興味深いものだった。
 彼女は最初から要の依頼は受けるつもりでいた。最近の素人交じりのシンジケートの仕事を受けるのに必要なボディーガードに雇ったオンドラのフラストレーションは限界に達しているようで、なにがしかの事件に出会わなければ要らぬ騒動に巻き込まれるのは目に見えていたし、因縁の深い嵯峨惟基の姪の仕事というのも興味がひかれた。それに東都戦争で鳴らしたとはいえただの暴力馬鹿のお嬢様から報酬を巻き上げて逐電してみせるというのも退屈な日常を打ち壊すのにぴったりだと思っていた。
 そんな彼女だが、要から札束を手にした途端、いつもの既視感が脳を駆け巡った。
 それは邂逅ともよべるものだった。赤い色と黒い色の液体がまじりあうさまが見えた。黒い液体は時折電子的な光を放ち、赤い液体は艶のある光を放ちながら黒い液体に溶けていった。