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遼州戦記 保安隊日乗 7

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 再び降り注ぐ早春の日差しを見ながらのそれと無い要のつぶやき。シャムはただ変わらぬ笑みを浮かべていた。その視線は梅の梢から逸れることがない。
「大事なこと。俊平がしなければならないと思った大事なことをしているんだよ。きっとアタシにも相談できないほど個人的で大事なこと……」 
「昔の女との別れ話か? 」 
「要ちゃんは……本当にデリカシーってものが無いのかしら? 」
 アイシャの言葉にさすがの要も苦笑いを浮かべた。シャムを見る限り吉田の目的はそのような所帯じみた話のようには誠にも思えなかった。
「しなければならないことを終えたら帰ってくるよ。その時笑顔で迎えたいんだ……だから泣かないの……」 
 光の中。シャムの眼の下に二筋の光の線が見えたのを誠は見逃すことがなかった。


  殺戮機械が思い出に浸るとき 14

 保安隊隊長室のソファーに座る管理部部長の高梨渉参事。彼は落ち着かないときの爪を噛むくせを続けながら腹違いの兄で部隊長である嵯峨惟基を見つめている。嵯峨といえば高梨が同盟司法局本局から持ってきた演習内容の最終決定稿を次々とハイペースな調子で読み続けていた。
「これでまあなんとか演習の実施まではこぎ着けたわけか……」 
 書類を机の上に投げると嵯峨はのんびりと椅子の背もたれに身を投げた。長身痩躯な嵯峨に比べ小太りな高梨がじっと恨みがましい視線で兄を見上げる様は少しばかり滑稽にも見えた。高梨もそれを自覚しているようで、頭を掻きながらそのまま視線を隊長室狭しと並ぶ書画骨董のたぐいに目を向ける。
 どれも一級品の折り紙付きの品々ばかり。遼南王族の嫡男として生まれ、胡州第一の名家西園寺家で育った嵯峨に取ってみればどれも見慣れた品々だったが、父が政務を投げて後宮に籠もってから生まれ、追放された先の東和で育った高梨からしてみればどれも手の届かないとてつもない品物に見えた。
「じろじろ見るなよ……これは全部預かりものなんだから。傷でも付けたらことだ……」 
「なら仕事場に持ってくることは無いんじゃないですか? 」 
 棘のある弟の言葉に嵯峨は参ったというような苦笑いを浮かべる。
「それよりその顔だ。本局……どうだい? 」 
 嵯峨の質問に高梨は大きくため息をつく。兄は本局の様子など手に取るように予想しているのは間違いない。
「厭戦ムードですよ……遼北の胡州大使館に秘密裏に胡州の西園寺首相が入ったと言うことでとりあえず正面衝突は延期になったと安堵している奴もいますがねえ。結局は時間稼ぎにしかならないと言うのが大方の見方ですね」 
「はあ……兄貴も落ちたものだな。先の大戦で遼北と胡州の休戦協定を結んだ辺りがピークだったのか? 」 
 嵯峨の義理の兄、要の父である胡州宰相西園寺重基の動静に嵯峨も多少安堵したような表情を浮かべたものの、その目はまるで笑ってはいなかった。
「落ちられては困るんですよ……明日、ゲルパルトのシュトルベルグ大統領がイスラム聖職者会議の代表を伴って西モスレム入りする予定なんですから。ともかく両国を対話のテーブルに着かせることが……」 
「出来るの? 」 
 突然の嵯峨の突っ込みに高梨は黙り込んだ。両国への支援勢力からの圧力は今に始まったことではない。2月だというのにすでに遼北には中国からの特別使節が二度、西モスレムには三人のアラブ諸国の大臣クラスの人物の来訪が伝えられていた。ただ事態はここまで悪化していた。その事実が状況がどの段階まで進んでいるかと言うことを示していることは高梨にも十分理解できた。
「まあお偉いさん達の動向は俺達が何を言っても変わらないだろ? それより本局の厭戦気分とやらを聞こうじゃないか」 
 そのまま身を乗り出して嵯峨がソファーに座る高梨を見つめてくる。興味深々と言いたげに珍しく見開かれた目に見つめられるとどうにも高梨は緊張してしまっている自分を発見した。遼南王朝は初代ムジャンタ・カオラ帝が突如姿を消してから続く皇帝達の多くが夭折した為、皇帝になるべく生まれたという存在は数えるほどしかいない。その一人である嵯峨。時々見せる鷹揚態度の中になんと言えない恐怖を見るものに与える視線を見ると、兄の恐ろしい一面を見ているようで高梨はいつも息を飲むしかなかった。
「東和出身の連中が予想通りというか……早速再就職先探しですよ。同盟解体は目の前だというように勤務中から前の所属の所属長と電話で長話。まあ連中も分かってますから同盟の機密事項とかは流れていないと思いますが……」 
「分かったもんじゃねえなあ。東和の金が同盟をどうにか生かしていたようなもんだ。金には秘密がつきもの。そして金の流れは力につながる。賢い奴は機密事項をばらしはしなくてもそれとなく分かるようにほのめかしたりしているんじゃねえか? 」 
「確かに……」 
 高梨は力なく笑うしかなかった。彼自身が同盟司法局へは東和国防軍の背広組からの出向者である。人のことを言える立場ではない。東和軍内部にいたなら知らない可能性のある他国の軍事状況についての情報を山ほど抱えていた。もしこのまま同盟解体となればそれなりの役職が待っていることはよくわかっていた。
「東和宇宙軍絡みも結構活動始めているんじゃねえか? 」 
 嵯峨の声のトーンが一段下がる。高梨もその理由は十分に分かっていた。その筋の人間には知れ渡っていた東和宇宙軍によるインパルスカノン開発計画についての話題を聞くのは高梨も今日でこれで三度目だった。
「まあインパルスカノンノ情報漏えいで株が下がっている連中ですが……陸軍や空軍の奴等のように表立って動いてはいませんね今のところ。ただ動き出したら早そうな連中ですよ」 
 思わず高梨の口から本音が出る。国防省内部でも宇宙軍は別格扱いされていた。予算や人事権は表だっては政府の意向に沿ってはいるが、高梨が予算編成局の課長をしているときも事実上独立した権限を有していると判断して決済するようにと言う前任者からの引き継ぎを受けたことを覚えている。
『うちが独立していられるのはある人物のおかげでね……』 
 退官が決まっていたノンキャリアの前任者の言葉でおそらくそれが東和ただ一人の人物の意向であることだけは理解できた。
「菱川の旦那……笑いが止まらねえんじゃないかねえ」 
 嵯峨の顔が卑屈な笑みに浮かぶ。そしてその視線はそのまま窓の外の壁の向こうに広がる菱川重工豊川工場に向かった。
「同盟が東和にとって思いの外経済的負担になってきたのは事実ですから……機会があれば解体に導きたいという考えがあっても不思議な話じゃ無いですが。本当に菱川重三郎元首相が? あの人は同盟司法局の設立を一番に主張した人じゃないですか……それに実働部隊長に兄さんを指名したのも事実上はあの人でしょ? 」 
 信じられないと言うより信じたくない。そう思いながら高梨はまだ外を見つめている兄の後ろ姿を見つめていた。嵯峨はゆっくりと視線を部屋に戻し、一度目を閉じた後伏し目がちに言葉を紡ぎ始める。
「俺を同盟内部に引きずり込んだ理由は簡単さ。要は俺を目の届く範囲に置きたかったんだろ? 」
「まるで犯罪者じゃないですか! 」