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遼州戦記 保安隊日乗 7

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 ゲルパルトが劣っていた人口を補うために計画した人造人間製造プロジェクト『ラスト・バタリオン』。もしゲルパルトや胡州の枢軸陣営が優勢に戦争を進めてその必要がなくなっていたのならば、こうしてアイシャやカウラと誠が出会うこともなかった。たぶん二人はゲルパルト技術陣のゲノムサンプルとして冷凍庫の中で眠り続け、使用不能になった段階で破棄されていたことだろう。
「事実は変えられないんですね……」 
「ケッ! 今頃気づいたのか! 」 
 要が馬鹿にするように呟く。車はただいつも通りの大通りの昼下がりをいつも通りに走るだけだった。
「梅を見るのに……辛気くさいには今一ね」
 アイシャの言葉で誠は我に返った。確かにいくら思いを巡らせてもどうにもならないことは世の中にはある。
「そう言うことだ……アタシ等は謹慎中の身だ。出来ることはしたんだからいいじゃねえか」 
「なるほど、西園寺もたまには良いことを言う」 
「たまには? 聞き捨てならねえな」 
 そう言いながらも要の表情は笑っていた。確かにその笑いに力はない。諦めたような空気が漂う。ただそれ以上誠も思い悩むのは止めることにした。
 早春の街はいつもと変わる様子は無い。去年までの山奥の訓練校からすればかなり活気のある街。大学時代まで下町の実家で過ごした誠には少し寂しげに感じる豊川の郊外の商店街の景色。
 人はそれぞれにやや力を帯びてきた太陽を見上げて季節を堪能している。確かにそれが次に何が起こるか分からない国際情勢と無関係であったところで彼等を非難することは間違っているように誠には思えた。
「おい……あそこの車の列……」 
 カウラがハンドルから手を離して指さす田んぼの隣の車の列。最後部には警備員が看板を持って立っているのが見える。
『豊川市立植物園駐車場最後尾』 
 看板の赤い文字にアイシャが思わず頭を抱える。
「やっぱりみんな考えることは同じね……どこか近くに駐めて歩く? 」 
「この近辺は駐車禁止だ」 
 カウラに一言で自分の案を否定されたアイシャが情けない表情で後部座席に目を向けた。
「そんな目でアタシを見ても仕方ないだろ? 待つしかねえよ。梅は逃げたりしねえから」 
「いつもは待つのは嫌だって逃げるくせに……珍しいのね」 
 確かにいつもにないのんびりしたような表情の要を見て誠も首をひねった。あらゆる意味でまな板の上の鯉の誠達。要は彼女なりに覚悟を決めているのだろう。そう思うと誠も自然に頷いていた。
「へえ、後部座席のお二人さんはお待ちするようですよ」
「なら待つしかないだろ」 
 いつでもそのまま最後尾の車を追い越せる位置で車を停めていたカウラは覚悟を決めたようにそのまま駐車場へ続く車列の最後尾に車を着けた。
「30分くらいかしらねえ……」 
「昼過ぎだからな……確かにそのくらいは時間がかかるんじゃねえか? そう言えばここの駐車場はでかいのか? 」 
「市営施設だからそれなりにでかいはずだぞ……ちょっと待て」 
 要の質問に暇をもてあましていたカウラはナビゲーションを弄って駐車場の規模を調べる。
「二百台……多いのか少ないのか微妙だな」 
 カウラの苦笑いに誠も自然と笑みが漏れてくるのを感じていた。
 止まった車の中に入り込む日差しはまだ弱く、少しばかり眠気を誘う。
「眠いわね……」 
 思わず呟いたアイシャにカウラが苦笑いを浮かべる。
 すぐに前の車が動き出した。
「意外と早く入れたりして」 
「それは無いだろう。たまたまだ」 
 要の言葉を軽く否定するとカウラはそのまま車を動かす。
「こんな良い日より……いつまで続くか……ガイガーカウンターでも買おうかしら?」 
「ああ、売り切れ続出らしいな。そういうところはちゃっかりしている庶民様だ。まあそんなことをしたところで降り注ぐ放射線を払うことなんてできねえのによ……」 
 また振り出しに戻る会話。
 太陽の力はまだ弱く。アイシャと要に弱音を吐かせる勢いは無い。ただ、その眠気は着実に襲ってきているようで次第にアイシャの口数が減り始める。
「まあ……梅でも見て。帰りに酒でも買って帰るか? 」 
「お前はそればかりだな」 
 要の言葉にカウラはいつもの呆れたという笑みを浮かべる。誠がちらりと助手席を見れば、すでにアイシャはうたた寝を始めていた。
「眠くなるのも分かる日差しだな……暖房も適度だし……アタシも寝ようか? 」
「遠慮するな。静かで気楽になる」 
 カウラの言葉に要はパッと目を見開いて誠を睨み付ける。
「あ……ただ見てただけですよ」
「で? 見た感想は? 」 
「え? まあ……眠そうだなと……」 
「そうか……」 
 少し残念そうに俯く要。誠は彼女が何を求めていたのか分からずにただ仕方なく自分も眠れるように背もたれに頭を載せた。
「また動くな……やはり早く着くんじゃないか? 」 
 車が動き出すと要は勝手に呟いていた。確かに明らかに早めに車は動いていた。駐車場の存在を示す看板も見え始めている。
「早く着くと良いですね……」 
 睡魔と戦いながら誠は投げやりにそう呟いていた。
「梅……意外と終わってたりして」 
 不意に目を開けたアイシャのつぶやきに要が顔を顰める。
「そりゃ嫌だな。せっかく並んだのに見てみたら散った後……最悪」 
「そんなことは無いと思いますよ。今年は梅は遅いって言ってましたから」 
 誠の言葉にも要の表情は冴えない。ただ動いていく景色を眺めながら大きくため息をつく。
「でもそれは咲くときの話だろ? このところかなり暖かいじゃねえか。すぐ散ったりしてるかもしれねえだろ? 」 
「心配性ね……なんなら降りて確かめてくれば? 」 
「ふざけるな! 」 
 要の怒声にアイシャはそのまま寝たふりを再開した。カウラはそれを眺めながらじりじり進む前のバンの後ろをゆっくりと車を進める。
「全部は散って無くても……紅梅だけ散ってるとか? 」 
「それも嫌だな。紅白揃ってこその梅じゃねえか」 
「意外だな。西園寺が花にこだわるとは……」 
 カウラの何気ない一言に要が黙り込む。一応は彼女も風雅を重んじる胡州随一の名門西園寺家の次期当主である。そう言うことに疎い誠ですら殿上貴族のたしなみとして彼女が幼い頃から梅見などに興じる日々を過ごしてきたことは容易に想像がついた。
「結局……隊長が梅見でもして鋭気を養えと言ったが……そのまんまになりそうだな」 
 駐車場の入り口に立つ警備員の指示に従ってハンドルを切りながらのカウラのつぶやき。誠は目の前に臨時駐車場と書かれた看板を見てようやくこの行列がなぜ早く進んだのかを理解した。
「なんだよ……今頃臨時駐車場をオープンか? 今の季節なんだから朝から開けとけよ」 
「まああれだ。普段の駐車場がいっぱいになるまで閉めておく取り決めにでもなっていたんじゃないのか? 」 
「これだからお役所仕事は……」 
「私達も公務員じゃないの」 
 要の悪態に薄目を開けたアイシャが突っ込みを入れる。カウラはそのまま車を砂利の敷き詰められた空き地に進めて誘導員の指示に従ってバンの隣に車を停めた。
「じゃあ行くから……でかいの二人! 降りろ」 
「何よその言い方……」