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遼州戦記 保安隊日乗 7

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「酷い! 今度のはかなりの話題作で大人も泣けるのが売りなのよ! 」 
「お涙ちょうだいの映画は見るに堪えない」 
 鋭く言い放つカウラ。誠は最近知ったのだが、カウラはかなり映画に詳しい。特に前衛的な作品を好んでみる傾向があるのでアイシャや誠にはとてもその趣味についていくことは出来なかった。さらに要に至ってはパンフレットを見ただけで背を向けることが請け合いである。
「趣味が合わないから映画は駄目……じゃあ……ゲーム? 」 
「それこそ金の無駄だ。私はそんなことをして時間を潰すために寮を出た訳じゃない」 
 これまたばっさりとカウラが切って捨てる。
「どうするんだよ……このまま寮に帰るか? それもなんだか警察連中に遠慮しているみてえで腹が立つしな……」 
 要は明らかに苛立っている。元々狭いところにいるのが一番嫌いな質の要である。味は評判で確かに旨いがごみごみした雰囲気の中華料理屋で無意味に時間を潰すのは要には無理な話だった。
「バッティングセンターは? 」 
 アイシャの一言にカウラの大きなため息が漏れる。
「あそこはどこかの馬鹿がピッチャー返しならぬピッチングマシン返しをやって機械を壊した件以来出入り禁止だ」 
 カウラの言葉にとぼけたように笑う要。誠が店の入り口を見るとすでに席が空くのを待つ行列が誠達が店に入ったときの倍以上に伸びているのが見えた。
「やっぱり外に出てから決めましょうよ」 
 誠の言葉は珍しく三人の意見と一致していた。それぞれに黙って料理を片付けることに集中し始める。誠はようやく安心して味噌ラーメンの最後に残した麺とチャーシューを口の中で味わうことに決めた。
「神前……まだか? 」 
「ちょっと待ってください! 」 
 すでに食べ終えた要の言葉に誠は慌ててラーメンのスープを啜る。
「お会計は要ちゃん。お願いね」 
 さっさと立ち去るアイシャ。要はただ苦虫をかみつぶした顔をしてそのままカウンターの奥のレジに伝票を持って進む。
「助かったな」 
 カウラはそう言って珍しい笑みを浮かべるをそのまま店を出て行った。誠はようやくラーメンのスープを飲み終えるとそのままコップの中の水を口に流し込んで慌ててジャンバーを羽織って店の外に出た。
「ずいぶんとまあ……のんきなこと。場合によってはいつ核戦争が始まるかも知れないのに」 
 アイシャの言葉に『核』という言葉が出たのを聞いて客達が迷惑そうな表情でアイシャを見つめる。紺色の髪。普通の人間にはあり得ないその色。軍に詳しい人間なら人造人間のそれだと分かるが一般人にはバンドメンバーか何かにでも見えるのだろう。こそこそとこちらから聞こえないように言葉を交わす他人に誠もうんざりしながら要達の後に続いた。
「つまらない話をしても仕方がない。それより……どこに行く? 」 
 アイシャよりもさらに目立つエメラルドグリーンのポニーテールを揺らしながらカウラが呟いた。店からは会計を済ませた要が睨み付けながら出て来た。
「ごちそうさま」 
「いつか倍返しだな」 
「は? 貴族はラーメンなんて下賤の食べるものは食さないんではなくて? 」 
「殺す……いつか殺す」 
 殺気立つ要。歌い出しそうな調子のアイシャ。ただカウラは頭を抱えていた。
「そう言えば……今日辺り豊川市立植物園の梅祭りの最終日じゃ無かったですか?」 
 誠の何気ない提案に要の顔が曇る。アイシャはそれを見てうれしそうに懐から携帯端末を取り出した。
「ちょっと待ってね……あった。明日が日曜日で最終日よ。でも……花はあるかしら」 
「今年は遅いと聞くぞ。大丈夫なんじゃないか? 」 
 すでに行き先も無いだけに不満そうな要もついていくしかないと言う雰囲気を感じてそのままカウラの赤いスポーツカーに足を向ける。アイシャが誠の提案が通ったこととそれに要が不満なのに満足したというように誠を振り返り満面の笑みを浮かべる。
「カウラ!早くドアを開けろ!」 
 要が叫ぶのを聞くとカウラはオートロックを解除する。明らかに投げやりに後部座席に這っていく要。
「良い天気ね……梅見にはぴったり」 
 明らかに嫌みを込めたアイシャの言葉に後部座席に居を固めた要が恨みがましい視線をアイシャに向けていた。
「それじゃあ……」 
 誠は車内から睨み付けてくる要に恐れをなしてその隣に体を押し込んだ。
「狭いな……」 
 呼んでおいてこの扱い。いつものこととはいえただ苦笑いだけが浮かんでくる。
「なに……要ちゃんはとなりが私の方が良かった?」
「テメエに触れるくらいなら死んだ方がいいや」 
 アイシャの皮肉に大げさな言葉で返す要。その様子に苦笑いを浮かべながら運転席に体を沈めたカウラはエンジンをスタートさせた。
 ガソリンエンジンの軽快な作動音。遼州系ならではの光景だが、この三ヶ月ばかり原油の値上がりは続いていた。
 遼北は東和との原油のパイプラインに保安上の問題があると言うことで総点検を行っていた。それが西モスレムの挑発的行動により活動を活発化させていたイスラム過激派によるテロを警戒しての物だと言うことは誰の目にも明らかだった。
「誰か話せよ……」 
 ゆっくり車がラーメン屋の駐車場から出ようとする中、車内は沈黙に包まれていた。ガソリンエンジンの音を聞く度にこの数日は沈黙してしまうのが誠達の日常の一コマだった。誠が保安隊で過ごした9ヶ月ばかりの日々も彼等の意志とは無関係な国際的理屈の上で終わりを告げるかも知れない。そんなことを感じながら誠は黙って豊川の街を眺めていた。
「のんきなもんだな……次の瞬間には十億の人間がこの星の上から蒸発しているかも知れないって言うのにな……」 
「人間なんてそんなものよ。先の大戦で外惑星や胡州軌道域で日に何億の人が死んでいるときにこの国の人達が何をしていたか……それを思い出せば人間の想像力の限界が見えてくるものよ」 
 いつにない悲観的なアイシャの言葉に彼女がその日に失われる何億の命の補給部品として作られた人造人間だという現実を誠は改めて理解した。
 外周惑星諸国で4億、ゲルパルトで23億、胡州で12億。数を数えるのは簡単な話だが、先の大戦の死者はあまりに多かった。そしてその死と無関係どころかコロニーの破損で一千万人が窒息死した壁面の修復や核攻撃により三千万人の死者が出た衛星上都市の再建需要で急激な経済成長を遂げた東和の市民として自分が暮らしてきた事実は消すことが出来る話ではなかった。
「同情してくれれば生き返るのか? それこそ感情論で不毛だな。ここで議論をしたところで遼北と西モスレムの対立を止めることは出来ない。そして先の大戦の時も東和の市民がいくら地球と遼州の対立を止めようと叫ぼうともあの戦争は起きた……違うか? 」 
 目の前で急停車した小型車を軽いハンドルさばきで避けながらカウラが呟く。そして誠は二人の人造人間の出自を思い出した。