箱庭の論理
「そっ、そんなこと言ってないもの。圭祐まで尚毅みたいに…揚げ足をとらないで!」
「はっはっは、お嬢さんは可愛いなあ」
「お嬢さんじゃない、真理だよ!」
「真理さんは可愛いなあ。なあ、尚毅さん」
庭師の圭祐は真理の攻撃を容易くかわすと、長いホースを次の場所へと移動させるために巻き戻しながら尚毅へと視線を向ける。そして、方頬を歪めて笑った。
「こええよ。そんなに睨むなよ」
「これが睨んでいるように見える?」
「どこからどう見てもそうだよ。真理さんも思うだろ」
「どうかな。あたし無神経な尚毅のことなんて、何にも分かんないや」
圭祐は肩をすくめ、やっていられないとばかりに歩き出す。
「素直じゃないねえ」
尚毅の方も勝手知ったるといった様子で、屋内へと向かって歩きはじめた。真理は幾分遅い歩調でそれに付いて行く。
気が付くと、真理の歩調は変わっていない筈だったのに、二人並んで歩いていた。
真理が見上げる尚毅の横顔からは、長めの薄茶色い髪に隠されて表情を伺えるようなことはなかったものの、血の気の引いた顔色が覗いていた。元来学者肌であった尚毅には、長時間太陽光に晒されることが苦手な節がある。先ほどの微妙な空気を作り出したやり取りを思い返して、あんな話をしていないでもっと早く中に入れば良かったと、真理は悔いた。
「あいつは素直すぎる」
ふと零された尚毅の言葉が、圭祐へと向けられていることは分かった。
「そうかも」
「真理も素直な方だよ」
「…そうかな」
「ああ。真理のことなら俺、何でも分かる」
尚毅の頭が角度を変える。表情を隠していた髪が流れて、柔らかな微笑みが剥き出しになった。
先ほどはあんなに冷たげな表情を圭祐に対して向けていた彼が、これほどに優しい表情を見せるのは、真理の他にはごく少数だということを真理は知っていた。けれども信じられないでいた。
「そんなのウソだ」
「そうかな?真理は俺のこと、何にも分からないらしいけど、二年とちょっと離れたくらいで俺がお前を分からなくなるなんて、そんなのありえないだろ。そう誇れるくらい、あの頃、俺は誰よりもお前を理解していたと思うよ」
玄関を上がり、リビングへと向かう廊下でどちらともなく立ち止まる。
時折尚毅はこんなふうに夢のように甘いことを言うから油断ならないのだった。子どもの真理を散々たらし込んだ口ぶりだ。
しかし大人になろうとしている今の真理だけは、こんな言葉を信用してはならないのだと彼女は自分自身を戒めた。
「変な理屈」
つまむように微かに握られた指先を丸めて、そっと握り締めながら、尚毅は困ったように笑った。