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ノリピーとヤッちゃん

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ノリピーとヤッちゃん


「ただいま、ノリピー…」
「おかえり、ヤッちゃん」
 かろうじて身体に絡みついているような、薄く丈の短いワンピースを身に付けただけの女が疲れきったように六畳の部屋の玄関で座り込んだ。
 受ける女は仕立ての良さが分かるような膝丈のワンピースを着込んでおり、正座した格好で上体をかがめてもう一人の女の顔を覗き込んでいる。
「どうしたの、ヤッちゃん。どうして泣いてるの?」
「違うよお…これは心の汗だよお」
「どうして心の汗を流してるの?」
「ヤダヤダ!なんでノリピーはそうなの!心の汗とか古いでしょ、つっこんでよお」
「ごめんなさい、わたしそういうのよく分からなくて…」
「もーほっといてええ」
 法子はひとまず安帆の話を聞いてやることにした。冷蔵庫から一つきり冷やしていたコンビニのプリンを取り出してきて、安帆の前に置いてやる。その前に冷蔵庫のコンセントもきちんと抜いて置いた。
 安帆はアイメイクの剥がれ落ちて薄黒くなった丸い目を輝かせて法子のことを見た。
「何があったのか、話して」
 法子がほほ笑むと安帆はプリンと法子を見比べて、やがてプリンを手に取った。
「ダメ!」
「あいた!」
 安帆が叩かれた手を押さえて目元にふたたび涙を滲ませる。床に転がったプリンを受け止めて、法子が同じように安帆の前に置いた。
 眉をひそめた法子は身体を揺らしたりプンプンと口に出したりして怒っていることを主張した。あまりそのようには見えない。
「もうヤッちゃんっ。お話が先でしょ」
「キビシーよノリピー、今日もあくせく働いて帰ってきたヤッちゃんにごほうびを先にしてよー」
 そう言って安帆はわめいたが、法子の怒りの主張が解かれないことを知って、今度はか細い声で今日あった出来事を述べた。
 法子に追い出されて仕事に行く途中、数人の男に裏路地に連れ込まれて、金を出せと言われたこと。
「乱暴されたの?」
「ううん。金を出せば乱暴しないって言うから、すぐにお財布渡した」
「でもお財布、カラだったよね」
「うん。色々調べられたけど、あたしが一文無しだって分かったら千円と缶ビールくれた」
「良かったね」
「そう。それは良かったの」
 缶ビールを飲みながら仕事に向かうべく歩いていたら、子連れのノラ猫が付いて来たこと。
「でも頑張って無視したんだよ、なんか超鳴いててさ、ミルクとか買ってあげたい感じになるけど、そんなことしたら電車乗れなくなるから」
「もともと乗れなかったけどね」
「ってことに気づいてから、ここで優しさでもらった千円使わなけりゃあたしカスだなって思ってさ」
「ミルク買ってあげたの?」
「ううん。子猫の下に敷いといた。あたしが電車乗れないのに猫だけ得するのもおかしいし、ミルク買いに行ってたら遅刻するし」
「本末転倒だね」
 店に着いて仕事が始まると、昨日初めて安帆を指名した客がまた来て、メロンをオーダーして安帆に食べさせてくれたこと。
「良いお客さんだね」
「でもハゲだったよ」
「ハゲでも大事にしなきゃダメよ、お客さんなんだから」
「ええ、うーん、いや、ハゲはいいんだけどさ」
「じゃあ明日はお仕事行く前に、ハゲが現金の塊に見えて来る魔法かけてあげるね」
「えっそんな魔法あるんだ!ていうかノリピー、魔法使えるんだ!」
 仕事が終わって帰り道、一緒に食事でもどうかと見知らぬ男に声をかけられ、付いて行ったら金を出せと言われたこと。
「乱暴されたの?」
「ううん。金を出せば乱暴しないって言われたけど、今度はお財布に給料入ってたから必死で抵抗して、でも取られて、中身見られて、このくらいでそんなに騒ぐもんなのかって言われてご飯食べさせてもらった」
「良かったね」
「うん、おいしかったし、スリルあったよ。レストランの残りものあさるの。ノリピーもいつか一緒に行こうね!」
「そうだね。でもわたしそういうところのお作法ってよく分からないから、無理だと思うわ」
「ノリピーその断り方、あたしだからいいもののもしあたしじゃなかったらだいぶアレだよ、ガンガンカド立ちまくってるよ」
「そうだね。でも今話してるのはヤッちゃんだからね」
「良かったな、ノリピー!」
 そのまま帰路を歩いていると、件の猫の親子とふたたび出会い、くれてやった千円札がくたびれて二匹の尻の下に敷かれていたこと。
「なんかさ、悪い人とかに持ってかれてなくて良かったなーってカンドーしちゃったんだけど。少なくともあたしが仕事行ってる間、あの千円はヤツらの尻をあっためてたわけでしょ」
「変なトコでポジティブだね。それで、ミルク買ってあげたの?」
「買ってあげないよ。あんなキタナイ千円持ってコンビニとか行ったらあたし変な女じゃん」
「変なトコでネガティブだね」
 そんな感じ、と安帆は話を締めくくった。
 話したんだから食べてもいいよね、とプリンに手を伸ばして来るわりには、この雑談の趣旨を理解していなかったらしい。法子はプリンを両手でそっと取り上げて、尋ねた。
「で、どうして泣いてたの?」
「それはアレだよ、ノリピーが…」
「わたしが?」
 安帆が俯いて首を振る。
「違う。ノリピー、逮捕だって」
「ああ」
「あたし一人になっちゃうのかって、すごい悲しくなって…」
「えっ」
「それはツラいなって考えてたら涙が…」
「大丈夫?」
「うん、平気」
「頭だよ?」
 安帆が持っていたスパンコールだらけの安物のバッグを法子に投げつけた。法子は避けられず、それを顔面で受け止めた。
「いや分かってるよ、ノリピー違いだって、でもなんかさ、いったん想像すると色々めぐってくんじゃん!」
「そんなものかしら」
 店を出る間際、客の男たちが話している内容を聞いて衝撃を受けたらしい。
 でも少し話題が古いんじゃないかなと法子は思ったが、よく分からなかったのでそれはツッコミにはならなかった。
 正座のまま後ろへ昏倒した法子の手を引っ張り起こしながらも、安帆はしおれた。首を傾げた法子がプリンを渡してもうなだれるばかりで手を付けようとしない。
「食べないの?」
「…一人になりたくないよ。ノリピーがいなくなったら、あたしどうやって生きて行ったらいいの」
「今日みたいに面白おかしく仕事に行って、時々のお休みにはいつもみたいに競馬かパチンコでもして過ごせばいいわ」
「ムリだよ!仕事に行くのはノリピーがそうしなさいって言うからだし、競馬もパチンコもノリピーがいないと当たんないし面白くないよ!ヤダヤダヤダヤダ、ねえお願い、一生のお願い、一人にしないで」
 零れ落ちないのが不思議なほどに目に涙を溜めて、安帆が法子の身体へと縋りついて来る。
 法子はその様子と体温を、眺めるともなしに眺めて感じるともなしに感じながら、ふと思い付いたことを言ってみた。
「新しく一緒にいてくれる人を見付ければ?」
 安帆が勢い良く顔を上げたところに、法子の絶えない微笑みがある。声音だけが優しく、温度を感じられない微笑みだと安帆は思った。
「えっ、それは、ヤダよ」
「ヤダヤダって、もう、ヤッちゃんは子どもみたいだね」
「ど、どうしたの、ノリピー。怒ってるの?」
「うん。ちょっとだけね」