宝石の旅人
ルディ 防腐剤?
ミティス はい、防腐剤。夢の、防腐剤。彼の夢が腐り落ちてしまわないための、防腐剤。
レ・ル …。
レネ ごめん、ちょっとどういうことだか…。
ミティス 流行り病なのです。人の夢が腐り落ちてしまう病なのです。ある日ぱたりと起きなくなって、ずっと夢を見続けるのです。そして、その夢が少しずつ腐っていく。身体もそう、このリリィが腐り落ちていくように、日に日に甘くつぶれた香りに犯されてゆくのです。夢と共に腐るのです。
ルディ …、そんな話、聞いたこともないぜ。
ミティス 他国には、まだ…。雲の国は娯楽の国です。国益の大半を、他国からの観光客に頼っています。流行り病があるとなると、彼らの足も遠くなり、国の経済自体が傾きかねません。国の王も、簡単には言い出せないのです。
ルディ …っつてもよ。
レネ その、彼っていうのは?
ミティス 第十七階層の、そうその、友人、です。
レネ 第十七…。
ルディ 俺らとほぼ変わらないか、酷ければそれ以下生活してるな、そいつ。
レネ 本当に友達なのかい?
ミティス え、あ、はい。友達、たぶん。
レネ 疑うわけではないけれど、階層の差がデカ過ぎる。普通に生活していたら、顔を合せることすらないだろうに。
ミティス それは…。
レ・ル …。
レネ ルディ、流行り病のこともあるし、この子にはこれ以上関わらない方が良いと思う。何もわからないけれど、後ろにある何かが大きすぎる。
ルディ …。
ミティス …ふふ、本当に先ほどはありがとうございました。このままだと、お二人にご迷惑を掛けてしまいますね。はやく行かないと。彼の夢が腐り落ちてしまいます。御礼のほどは、またいつか。
ルディ ちょっと待った。
レネ ルディ!
ルディ レネ、この子は、この子の大切な人のために盗みを行ったんだ。おれたちと何が違うんだ?
レネ でも…。
ルディ この子には誰かが必要だ。俺にレネが、お前がいてくれるように。
レネ …。
ルディ 今日だって、レネが一緒にきてくれて、マジで嬉しかった。
レネ …、ふん、ルディ一人じゃ心配だからね。
ルディ ぬかせ。
ミティス あの…。
ルディ ってことで、付き合うぜ、お嬢さん。
ミティス でも、初めて会った私のことを…。危険だし、いまさっきのだって嘘かもしれないんですよ。
ルディ 嘘なん?
ミティス いえ、それは…。
ルディ なら問題ないだろ? それにアンタは大丈夫だ。
ミティス …?
ルディ なんたって、レネが連れてきた子だ。
レネ 言い出したら聞かないよ、こいつ。頑固だもん。
ルディ おれは頑固だぞ。
レネ もう少し頭が柔らかければいいんだけどな。
ルディ なんだとー。
ミティス …ふふ。
レ・ル …?
ミティス ふふふふ、いや、失礼しました。では正式に。こほん。多少の謝礼も致します。どうぞ私を手伝っては頂けないでしょうか。
ルディ ああ。ただ、謝礼はたんまりとだな。
レネ ふふ。
ミティス ふふ。
ルディ へっ。
ホームズ お話はおしまいかな? 子猫さん方。
●「ホームズ」いつの間にか立っている。
ル・レ・ミ …っ!
ホームズ 防腐剤にリリィを3つと腐れ病の病原菌。そんなものを盗んで何をするんだい?
ルディ レネっ!
レネ ちっ!
ミティス え?
●「レネ」が「ミティス」の腕をとってハケ
ホームズ おーおー、若いっていいねぇ。
ルディ …アンタ、誰だ?
ホームズ 時間稼ぎかい? 賢明な判断だ。
ルディ …、ちっ。
ホームズ はっはっ。なぁに、世界でたった一人の私立・諮問探偵だよ。
ルディ …。
ホームズ いやはやまったく、こういった単純かつ明快な作業は、憲兵諸君の仕事だろうに。少しは頭を使って捜せばよいものを。まぁ、今回はモノがモノだ。
ルディ 追わせねぇ。
ホームズ 追う追わないではないのだよ、子猫さん。どこに向かったかなどということはね、ふふ、もう既にわかっていることなのだから。
ルディ …っ!
●「ルディ」ポッケからビンを取り出す。
ルディ アンタはこれを、腐れ病の病原菌だと言った!
ホームズ ああ言った。
ルディ …、少しでも動いてみろ! ばら撒くぞ!
ホームズ ふっふっふっふ。
ルディ 何が可笑しい!
ホームズ なんのことはない。
●「ホームズ」懐からゆっくりと拳銃を取り出し、躊躇なく「ルディ」を撃つ。
「ホームズ」しばしパイプをふかしたあと、転がったビンを回収する。