言の寺 其の弐
オノマトペ(・・?
「『オノマトペ』って知ってる?」
オノマトペ――いわゆる「擬音」のことである。ワンワンとか、ニャーニャーとか、ギラギラとか、オギャーオギャーとか。確かギリシャ語か何かで、日本の言葉ではない。人名でもないはずので、小野的平さんは、多分いないと思う。
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「『オノマトペ』って知ってる?」
と――僕は彼女に尋ねた。選択科目の日本語音声学の講義で知ったばかりの「オノマトペ」を僕は、少し遅目のランチタイムに彼女に教えてやろうと画策したわけです、ハイ。場所は大学の食堂です。
彼女の反応は――しばらく黙って僕の顔を見つめ見つめして、「……どうせ……エッチな言葉なんでしょ?」少し困ったような怒ったような、それでいて眼の奥に、何やらそれこそギラギラとした光が垣間見えるような表情で、僕を見ています。
僕は――非常に感慨深かったです。だって彼女を女にしたのは僕だったのです。ほんの1年前のことです。彼女ときたら、20にもなって、いわゆるそういうシモのことに対しての知識が欠落しているオトナコドモみたいな人で、初めての夜だって、ベットの上で今から何が起こるのかということを全く理解しないままに、コトを終えてしまって、後から僕は色々と質問攻めにあって、非常に困惑してしまった次第。
遡って彼女の初印象――とても美しい人だと思った。けれどもどこか美しすぎて、無機質な感じがした。肌はきっと石膏でできていて、滑らかだろうけどつべたいのだろうと思った。でも話してみると、猫が大好きで、笑うと顔がくしゃくしゃになって愛嬌だらけになる。清楚で可憐、控えめ。僕はじわじわと一目惚れをしていった。そうしていろいろあって、1年前から交際がスタートしたのです。
そんな彼女――お嬢様というわけでもないのでしょうが、家庭環境や友人関係とか、彼女の人格や興味を形成してきた時間すべてが、シモ的な知識に触れる機会を一切に与えることのない、非常に特殊でビニールな温室育ちだったわけなのでしょう。
そのくせ――回数を重ねる事に、彼女のその……感度の良さというか、僕が与える知識や、伝授する所謂まぁテクニック的なことの上達が早さというか、もともと真面目でと向上心の塊のような人なので、そういう行為が愛と関連のある行為で、僕を非常に喜ばせるのだと知ると、一生懸命に、髪を乱しながら、吐息をこもらせて、僕の肌の上で色々とやらかしてくれましたのです。
そうして僕は今、彼女に「オノマトペって知っている」と尋ねました。すると彼女は「……どうせ……エッチな言葉なんでしょ?」と返してきたわけです。ここに僕は、彼女の成長をみました。そして、僕の影響を感じました。それは悪影響という類かもしれませんがそれにしても、彼女の人格を僕は毎晩の行為の積み重ねにより歪めてしまった。その事実に対する、罪悪感。そして若干の誇らしさ。
「詳しくは後で……」と――僕は意味深を匂わせて一人、席を立つ、トレイを返しにカウンター脇へ、背後から聞こえる、彼女のお尻が椅子をプッシュして、ガララと床にひこずる音、そして僕の後を付けてきている気配。
数刻の後にはきっと僕ら――部屋中にオノマトペを充満させることだろう。お互いの肌と肌、凸っ張ったとこと凹んだところと、湿り気を帯びた箇所と乾いた箇所、心とココロを擦り合わせて、擬音――それは愛が擬態する時に発する、音なのかもしれない。
可愛いところで一例を上げるなら――ペロペロといったところでしょうか……それ以上はちょっとここでは。もし今、お手空きでしたら、5つほどの例を、ざっと頭のなかに妄想してみては頂けませんか?
脳の中でなる音、その向こうにあるシルエットの人物、きっとアナタは其の方を、心からアイシテイルのでしょうね。
だってこういった音は、中々一人では鳴らせない音ですから。どちらが太鼓でどちらが撥か……肉体は2つで一組の楽器のようでありまして……
止めどないので、もうこのへんにしておきます。