言の寺 其の弐
ワラエナイカワセミが恋をした場合
その一羽は生まれてから一度も笑ったことがないのでした
夏陽が川面 ギラギラの乱反射光線飛ばす上空
絶えぬ笑い声 クワクワ クエクエと満ちている
飛び交う羽 時に交わり 命 若さ 謳歌の歌唱力を競い合っている
「その一羽は生まれてから一度も笑ったことがないのでした」
木陰にブスッと座し
ギリギリの低空飛行で水面を遊んでいるツガイを無表情に見つめています
まだ若いはずなのにその一羽 老哲学者のような佇まい
見かねて 仲間の一羽が尋ねます
「飛ばないのかい?」
「ああ」
「笑わないのかい?」
「ああ」
「どうしてだい?」
「ああ……あっちに行ってくれないか?」
これにはさすがにムスッとして
気のいい仲間も飛び去って行きました
一羽だけ
川の面撫で涼んだ風に沈黙 羽を揺らして そう まるで
生きることを拒むが如くに ただ座し
笑うことなく川の瀬を見 ているのでした
独り言
「僕の沈黙が聴こえないのか?誰よりも爆音で哄笑しているのに」
と
対岸の木陰に
同じく無表情で座す一羽を見つけました やはり沈黙しています
近くに飛んできた一羽が無碍にされ
ムッとして飛び去って行きます
対岸の一羽 雌でした
網膜に激写されたその 美しさ 木陰にあって輝いている青黒い羽の一枚一枚
グラリ
「ああ……ああ……」
世界は呆気なく様相を変えます
「ああ……僕には聴こえる……君の笑い声が」
出会いたくなかった
知りたくはなかったでも きっと
セカイは君のように美しいのだろう
一羽は羽を広げ
「まだ僕は笑えるのだろうか」
対岸を目指して
大きく一度 羽ばたく
彼はいつの日か
みなと同じように笑ったのでしょうか?
それとも
2羽の笑い声がくっついていたのでしょうか?
それとも
2つの沈黙が重なり合って………