夜の星をみあげたら
一つ二つ、夜空から星が降ってきた。きらりと光って。
小さなネーラは窓から雪原を見ている。キラキラと雪が舞っていて、それが星光りにきれいに照らされるとうれしくなってにこにこ微笑んだ。向こうには葉を落とした楓の木が群生しているのが見えて、梢が夜の風に吹かれている。
星を飾る満天の夜空はとても明るかった。
「ネーラ。お出かけよ」
「はい」
ママを振り返ると窓際の椅子から離れて、ママのところまで来ると白いコートを着せてもらう。ママは娘の愛らしい顔の下で大きなリボンを結んだ。
「お願いだからいきなり走り出さないでね」
「うん。大丈夫よ」
緑のうねるような季節にはネーラは興味しんしんになって駆け回る。昆虫を見つけてきたり、珍しい花を見つけてきたり、モグラの洞穴をみつけて一日ずっと見ていたり。
この綺麗な夜にもきっと「あの星、この星」と見上げて駆け回ることだろう。小さなネーラの足では降り積もった雪を早くは進めないけれど。
これから親子はチーズを取りに行くのだ。原を進んだ森の入り口にあるカイネおばさんのおうちまで。
ママが手袋をはめてあげると、ドアを潜った。
風がびゅうと吹き込んで、ネーラはひゃあと声をあげてすぐに口をとじ、小さな鼻を紅くする。
ママの手を掴んで歩き始めた。
風が強く吹いたら一日後の雪景色は形を変えることがある。二日前にはなかった場所に白い山ができていたり、小屋横の雪の吹き溜まりが見上げる高さになって形がうねっていたり。そしてもっと降り積もれば、小さなネーラはこのおうちを離れることになる。完全に雪に埋まってしまうのだから。そうなるともう一面が平らな雪原になるのだ。
山となった雪はなだらかで、風が下から吹き上げてさらさらと粉雪が舞い降ってくる。しんしんと雪の結晶がコートや手袋に花を咲かせる。
見上げる星は涼やかに光っていて、ネーラの生まれた星座が天にもきらり見えている。いくつか流れ星を見て歩いていると、どんどんと雪をまとった森が近付いてきた。
木々の先にぼんやりと小屋の明かりが灯っている。二人は微笑んで歩いていった。
「こんばんは」
ウインドウチャイムの鈴と共にドアが開けられ、カイネおばさんが微笑んだ。
「まあまあ。こんばんは。よく来たわね。待ってたわよ。寒かったでしょう。さあどうぞおあがり」
促されて入っていく。
「こんばんは。カイト」
ひとりの少年が顔を上げた。
「こんばんは」
カイネおばさんには甥っ子カイトがいるのだ。彼は集めた落ち枝と針葉樹の枯れ葉で何かをつくっているところだった。
おばさんは雪原を歩いてきた二人にジンジャー入りのホットチョコレートを出してくれた。
「今日はネーラは何して遊んでたの?」
おばさんが横の保管庫からチーズを出してきながら訪ねた。
「今日は晴れてたものね」
ママも娘の髪を撫でながら微笑んで聴く。
「うん。雪だるまを作って、綺麗なガラス珠をたくさんつけたの。それでお父さんの雪だるまと、お母さんの雪だるまと、子供の雪だるまを作ったのよ」
「それはたくさん造ったわね」
ネーラはにこにこと微笑んでホットチョコレートに口をつけた。
カイトはネーラがいるので顔をあげずにせっせと枝と葉で小さなテントを作っていた。縄で三角の上の部分を縛っている。ちらちらとその先にいるネーラを見る。彼女の横にいるネーラのママがおばさんにチーズを包んでもらいながら話し合っていた。
「何作ってるの?」
するとネーラがやってきて、カイトは咄嗟に恥ずかしがって顔を背けて窓を見た。
「て、テント」
窓の枠は雪がこびりついる。近付けば星のきらめきが見えた。
「すごい! 誰のテントなの? ネーラのつくった雪だるま、住める?」
けれど、昼に作った「雪だるま家族」は今雪に埋もれて昼は光ったガラス珠さえ見えなくなっている。
「えっと……」
カイトは頬をまっかにして口ごもった。実はおばさんが大好きなネーラと自分の羊毛人形を作ってくれて、それをテントに住まわせる気でいるのだ。テントの周りにパッチワークの旗とか、アルミの星を繋いで飾りにするのだ。可愛い物が大好きなネーラのために。
カイネおばさんは照れている甥っ子を見て、彼がネーラに片思いをしていると知っているのでくすくすと微笑んだ。今日もネーラが来るというので、ホットチョコレートをつくるために彼は一生懸命チョコレートを刻んだりしていたのだ。
ネーラは先ほどまで見ていた星の話をしはじめた。
「お星様のテントにしましょう? さっきね、流れ星を見てたの。その流れ星はどこに落ちて行くのかしらって思ったわ。お星様が落ちたときにお休みできるところがあったら素敵じゃない? それで、このテントのなかで水色とか白でふわって光るの」
「綺麗だね」
「うん!」
ネーラはにっこり微笑んで一緒にテントを見た。
カイトは一年の半分をおばさんと過ごしている。彼の両親は山を越えた先で酪農をしていた。おばさんとおじさんがその牛乳でチーズとバターを作っている。なのでそのお手伝いに半年はカイネおばさん達と過ごし、半年は農家に帰って牛の世話をする。
真冬になればカイトもネーラと共に街へ降りていく。
「街の街灯はきっと、流れ星がお休みをして光っているのね。もう少しで小屋をはなれるからちょっと淋しいけど、街灯をみたら雪の野原を思い出せるわ。真っ白の森も、ここのお星様の空も」
ネーラもテントを一緒に作り始めた。
窓の外はごうごうと音を立てる。時々風で視野は真っ白くなって、また森の情景や星空が現れる。
夜の星を見上げたら、繋がっているんだと分かる。空と空が、星と星で繋がっているのだと分かる。
雪原は小さな彼らが離れているときでも、さらさらと雪を舞わせている。そして雪の結晶たちはきらきらと光りながらも星を見上げているのだ。
おわり
小さなネーラは窓から雪原を見ている。キラキラと雪が舞っていて、それが星光りにきれいに照らされるとうれしくなってにこにこ微笑んだ。向こうには葉を落とした楓の木が群生しているのが見えて、梢が夜の風に吹かれている。
星を飾る満天の夜空はとても明るかった。
「ネーラ。お出かけよ」
「はい」
ママを振り返ると窓際の椅子から離れて、ママのところまで来ると白いコートを着せてもらう。ママは娘の愛らしい顔の下で大きなリボンを結んだ。
「お願いだからいきなり走り出さないでね」
「うん。大丈夫よ」
緑のうねるような季節にはネーラは興味しんしんになって駆け回る。昆虫を見つけてきたり、珍しい花を見つけてきたり、モグラの洞穴をみつけて一日ずっと見ていたり。
この綺麗な夜にもきっと「あの星、この星」と見上げて駆け回ることだろう。小さなネーラの足では降り積もった雪を早くは進めないけれど。
これから親子はチーズを取りに行くのだ。原を進んだ森の入り口にあるカイネおばさんのおうちまで。
ママが手袋をはめてあげると、ドアを潜った。
風がびゅうと吹き込んで、ネーラはひゃあと声をあげてすぐに口をとじ、小さな鼻を紅くする。
ママの手を掴んで歩き始めた。
風が強く吹いたら一日後の雪景色は形を変えることがある。二日前にはなかった場所に白い山ができていたり、小屋横の雪の吹き溜まりが見上げる高さになって形がうねっていたり。そしてもっと降り積もれば、小さなネーラはこのおうちを離れることになる。完全に雪に埋まってしまうのだから。そうなるともう一面が平らな雪原になるのだ。
山となった雪はなだらかで、風が下から吹き上げてさらさらと粉雪が舞い降ってくる。しんしんと雪の結晶がコートや手袋に花を咲かせる。
見上げる星は涼やかに光っていて、ネーラの生まれた星座が天にもきらり見えている。いくつか流れ星を見て歩いていると、どんどんと雪をまとった森が近付いてきた。
木々の先にぼんやりと小屋の明かりが灯っている。二人は微笑んで歩いていった。
「こんばんは」
ウインドウチャイムの鈴と共にドアが開けられ、カイネおばさんが微笑んだ。
「まあまあ。こんばんは。よく来たわね。待ってたわよ。寒かったでしょう。さあどうぞおあがり」
促されて入っていく。
「こんばんは。カイト」
ひとりの少年が顔を上げた。
「こんばんは」
カイネおばさんには甥っ子カイトがいるのだ。彼は集めた落ち枝と針葉樹の枯れ葉で何かをつくっているところだった。
おばさんは雪原を歩いてきた二人にジンジャー入りのホットチョコレートを出してくれた。
「今日はネーラは何して遊んでたの?」
おばさんが横の保管庫からチーズを出してきながら訪ねた。
「今日は晴れてたものね」
ママも娘の髪を撫でながら微笑んで聴く。
「うん。雪だるまを作って、綺麗なガラス珠をたくさんつけたの。それでお父さんの雪だるまと、お母さんの雪だるまと、子供の雪だるまを作ったのよ」
「それはたくさん造ったわね」
ネーラはにこにこと微笑んでホットチョコレートに口をつけた。
カイトはネーラがいるので顔をあげずにせっせと枝と葉で小さなテントを作っていた。縄で三角の上の部分を縛っている。ちらちらとその先にいるネーラを見る。彼女の横にいるネーラのママがおばさんにチーズを包んでもらいながら話し合っていた。
「何作ってるの?」
するとネーラがやってきて、カイトは咄嗟に恥ずかしがって顔を背けて窓を見た。
「て、テント」
窓の枠は雪がこびりついる。近付けば星のきらめきが見えた。
「すごい! 誰のテントなの? ネーラのつくった雪だるま、住める?」
けれど、昼に作った「雪だるま家族」は今雪に埋もれて昼は光ったガラス珠さえ見えなくなっている。
「えっと……」
カイトは頬をまっかにして口ごもった。実はおばさんが大好きなネーラと自分の羊毛人形を作ってくれて、それをテントに住まわせる気でいるのだ。テントの周りにパッチワークの旗とか、アルミの星を繋いで飾りにするのだ。可愛い物が大好きなネーラのために。
カイネおばさんは照れている甥っ子を見て、彼がネーラに片思いをしていると知っているのでくすくすと微笑んだ。今日もネーラが来るというので、ホットチョコレートをつくるために彼は一生懸命チョコレートを刻んだりしていたのだ。
ネーラは先ほどまで見ていた星の話をしはじめた。
「お星様のテントにしましょう? さっきね、流れ星を見てたの。その流れ星はどこに落ちて行くのかしらって思ったわ。お星様が落ちたときにお休みできるところがあったら素敵じゃない? それで、このテントのなかで水色とか白でふわって光るの」
「綺麗だね」
「うん!」
ネーラはにっこり微笑んで一緒にテントを見た。
カイトは一年の半分をおばさんと過ごしている。彼の両親は山を越えた先で酪農をしていた。おばさんとおじさんがその牛乳でチーズとバターを作っている。なのでそのお手伝いに半年はカイネおばさん達と過ごし、半年は農家に帰って牛の世話をする。
真冬になればカイトもネーラと共に街へ降りていく。
「街の街灯はきっと、流れ星がお休みをして光っているのね。もう少しで小屋をはなれるからちょっと淋しいけど、街灯をみたら雪の野原を思い出せるわ。真っ白の森も、ここのお星様の空も」
ネーラもテントを一緒に作り始めた。
窓の外はごうごうと音を立てる。時々風で視野は真っ白くなって、また森の情景や星空が現れる。
夜の星を見上げたら、繋がっているんだと分かる。空と空が、星と星で繋がっているのだと分かる。
雪原は小さな彼らが離れているときでも、さらさらと雪を舞わせている。そして雪の結晶たちはきらきらと光りながらも星を見上げているのだ。
おわり