エコ1,2,3
その案内文字と矢印は大きく、見てなかったとしかいいようが無い。記憶をたどれば、その時、たまたま左の沢を見ながら通り過ぎたのだった。
「あ、ここだここだ」
「疲れたぁ」
「おんぶしてあげようか」
「やだ」
「ああ良かった」
「何よそれ」
オレは花を見るよりもこうやって冗談を言い合いながら歩いているのが楽しい と思う。
カタクリの群生が目に入った。ちょっと前にエコと冗談を良いながら歩くのがいいと思っていた筈なのに、もう一人の世界に入って写真を撮り出す。淡い黄色のツツジも咲いている。そして、何と愛らしい雪割草。これは植えられたものだろうし、雪も残っていないが美しさに変わりはない。
それでもエコのことを忘れたわけではなく、やはり居るのを確認している。
「ちょっとした山登りだね」
「うん 結構傾斜があるしねえ」
少し息を弾ませながらそんな会話をするが、黙って写真を撮っていることが多くなっている。
少し緩やかな道になって、ミツマタや何種類かの桜の木、ゲンカイツツジなどの紫、ボケの赤、花ダイコンの紫とカラフルな里山風景が広がっている。
「ちょっと早いけど、お昼にしようか」
「うん そうしよう」
「奥の方にベンチが見える」
「レジャーシートあるし、どこでもいいよ」
そんなことを話しているうちに倒木のベンチが空いているのを見つけた。
「お、いいね、雰囲気いい」
「じゃ、ここにしようね」
持参したビール付きお昼が始まった。すぐ目の前に若い桜の木があって、ソメイヨシノの下のお花見とは気分が違うが、色々は花の色々な色彩が春本番を感じさせる。ちょっと前まで、寒い寒いと言っていたのに。
気温も上がってきて、ジャンパーを脱いだ。風も無く、少し霞んだ遠くの風景を眺めると生まれ育った町と若い頃を思い出す。
「あれは春だったっけねえ、エコさんが、うちの妹をおんぶして持ち帰ろうとしたのは」
「ははは、よく覚えてないよぅ、だって小学低学年だったし」
エコはオレの妹を拉致しようとしたのだ。たしか、エコの家とオレの家は歩けば30分くらいかかるのに、多分1歳児くらいの妹をおんぶして目的の半分くらいまで歩いたという。小さい身体で、だ。
* *
「少し寒くなってきてない?」
エコが笑みをみせながら言う。
「別に、あ、あそこを見てないからあの道通って降りよう」
そう言ってオレはエコの顔を見る。笑い顔のままだ。
「そんなに嬉しいかい。にこにこ顔だよ」
「くくくく」
「缶ビール一本で酔っ払ったのかな?」
「うん そうかもね、誰かさんも」
悪戯っぽい口調でエコが言うのを聞きながら、何を企んでいるのかを考えてみたが、分からなかった。
「家に帰る頃は寒いでしょうね」
「今日は、暖かいし、ん?」
オレはジャンパーを着ていないことに気付いた。
「あ、上着!」
戻りかけたオレをエコが引き留めた。後ろ手にしていた手を差し出す。そこにはオレのジャンパーがあった。
「あーっ」
オレはエコの得意そうな顔とジャンパーを交互に見る。
「酔っ払ったのはオレか」
「そうそう、経済的でいいね。わたしよりエコじゃないの」
エコが笑った。オレも笑うしかない。
<エコ3終わり>
エコ4もあるかもしれない(^^)