魔女ジャーニー ~雨と出会いと失成と~
二節 出会い
「成人、おめでとう。頑張るんだぞ、ホリー」
「独立の日、おめでとう。いってらっしゃい」
赤紫色のドレスに身を包んだホリーは、その背中にエールを受けて、いよいよ実家を離れる。
(生まれてから今日の今までを過ごしてきたこの家を離れるのは寂しいことではあるけれど、これもまた私の未来のためですわ。堪えるのですわ、ホリー)
長年育て守られてきた家を出ることには、少なからずの後悔と、もう少し一緒に居たかったという寂しさもないことはなかった。
しかし、そこはケジメ。
十二歳を迎えてしまったならば、国の命に大人しく従うしかないのだ。玄関口で手を振ってくれている両親には振り返ることはしないまま、ホリーはウィンターズ家のゲートをくぐったと同時、ウェーレイン小道に出る。
王城下の中でも極めて身分の高い者だけが住める土地、ウェーレイン小道。その住所を自分のものにしたいという一般市民は丘の上の小道を見上げては皆こぞって、何か夢を実現して大金持ちに……という野望を抱いているものだ。
(こんな砂利道のどこが良いのかしら)
歩を進めながら、ホリーはまだ舗装の行きわたっていない、砂利と小石に塗れた道を睨んだ。
道の悪さには小さい頃から慣れていたが、年をとるにつれて履物のヒールが高くなるのはどうにも苦労させられるものである。今彼女が履いているブーツだって、いつヒールが外れるか予測もつかない。外れれば必然的に捻挫か骨折かを負うだろう。
小道を慎重に進んでいった先に見えるのは駅。
レンガ造りの建物の屋根のすぐ下には《ウェーレイン小道》とあった。
やっとの思いで駅に着くかと思われた矢先であった。少女の鞄を持つ手に、コインほどの小さな水たまりがつく。
(やだ……、雨かしら)
空を見上げれば太陽は無く、黒々とした雲が北部より流れ込んできているようだった。
次第に風も吹き、人々の着るコートの色も濃さを増していった。
(鞄が重くなったように感じるのは、気のせいですわね)
既に停車している列車を視界の隅に、先を急ぐ。
駅の大階段を飛行魔法で地面から二〇センチほど浮上して滑り上っていくと、ようやく券売機が見えた。
「はぁ……。はぁ……」
膝をついて呼吸を整える。魔法を使ったとはいえ、駅に着くまでは走っていたのだ。
普段からあまり運動をせず、魔法に頼る暮らしをしてきた彼女にとってはほんの5メートルを走ることであっても重労働なのだ。
切符を買い、ホームから列車の中へ入る。
(どうにか間に合いましたわ……)
安堵した彼女を最初に出迎えたのは、奇異な目を向ける他の乗客たちだった。
じっと客席から見上げられることに耐えかね、自分の身なりを確認。
すぐに納得した。
(やだ、やだ! ずぶ濡れですわ、私!)
反射的にタオルを探すが、見つからない。
どこに仕舞ったかを忘れてしまったのだ。
「これ、使ってください」
「え……?」
突然、目の前に差し出されたタオル。視線をたどっていくと、そこには紺碧の瞳が美しい青年の微笑があった。
言葉に詰まっていると、向こうからタオルで髪を拭かれた。
ようやく思考が追い付く頃には手の甲にキスをされるところだった。
「なっ……!? 何をなさるおつもりで?」
慌てて手を引っ込めようとも、強い力で引かれているために、かなわない。
「麗しき乙女に会ったら忠誠のキスを。――というのが、マリオット家に代々伝わる紳士訓ですので」
反論する間もなく、手に忠誠の意の花は落とされる。
「何も公衆の面前でそんなことをなさらなくても」
ぶつぶつと一人ごちていると、若紳士が話しかけてくる。
「さて、折角ここで出会ったのも何かの縁。願わくば僕と相席は如何でしょう」
作品名:魔女ジャーニー ~雨と出会いと失成と~ 作家名:鞠 サトコ