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鞠 サトコ
鞠 サトコ
novelistID. 53943
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魔女ジャーニー ~雨と出会いと失成と~

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一節 巣立ち前の朝

 

 エメニカ王国王城下のとある貴族の館で、カーテンの開く音が響く。
 開いた窓の向こうには、ボタンのとめられていないままのネグリジェを肌蹴させた状態で未だにベッドの上で静かに眠る少女があった。
 窓辺でカーテンをまとめている、エプロン姿の女性が言った。
「ホリーお嬢様、そろそろ起床のお時間です」
 ――くしゅん。
「寒いですわ、窓をしめていただけませんの?」
 漸く起き上がると、着ているものを直し、ボタンもきちんととめていく。枕元に、天井の映る手鏡があるのを見つけた。
 手に取り、自分の姿を確認する。
 黒く、つややかな髪は、前と横で跳ねていたり、螺旋状になっていたりと、癖がついている。大粒のブラウンアイズの下のクマは、今日の準備を徹夜でしたためにできたものだろう、うっすらと紫色に変色している。
 すべての努力は、今日のために用意したものだった。
 今日は、ホリー・ウィンターズの十二歳の誕生日でもあれば、人生の節目の一つ――独立の日でもある。

 独立の日。それは、エメニカ王国に生まれ育った男女は皆十二歳の誕生日に独り立ちしなければならないという決まりの日。
 
 ホリーも例外なく、そのために家を出ようと準備しているのだ。
 元々、メイドとは相性が合わず、小さなことですぐ喧嘩してきたホリーにとっては、この日は念願悲願の日といっても大袈裟なことはない。
 鏡越しに、メイドと目が合った。
「お嬢さま、髪が跳ねてますよ。こっちへ」
 手首にぬるい感触がした。メイドが自分の手首をつかんでいた。
「さぁ、急ぎましょう。お嬢さま」
「結構ですわ。髪ぐらい、自分で何とかできますもの」
 メイドの手を振りほどいて、自ら立ち上がった。
 鏡台は、壁際のベッドから出て、間にある扉の前を通り過ぎた先にある。
 椅子に腰掛け、鏡を見る。
 背後で、まだ自分を監視しているメイドがいた。
「今まで自分の身の周りの世話をしてくださってきたことには感謝していますわ、モリー」
 モリーは何も言い返してこない。
「ですけれど、モリー。私はもう十二歳よ。エメニカ王国の成人年齢は十二歳なのですのよ。それをわかっていて?」
「はい。お嬢さま」
「なら、そろそろあなたも子離れしなければなりませんわよね。私のお母様だってもう、子離れしているようだったわよ」
 台の上の木製ブラシで寝癖を直しながら、モリーに語りかける。
「あなたも出来るはずですけれどねぇ、私の思い違いかしら?」
 二、三回髪を梳いているうち、モリーはついに鏡の中から消えたらしい。
 サンダルの音の後、扉を引くそれは聞こえた。
「ごめんなさい、モリー」
 先刻までモリーの立っていたところを見つめる。
「でも、これもまた、私の自律するためだと思って、許して……」