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ある引きこもりの推理2 紫陽花と友情

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「もう分かっただろう。彼女がこのシンポジウムに参加するためには、前日から隣県に宿泊している必要がある。開催時間が極端に早いからね。そしてシンポジウムが終わるのは夕方。その後の懇親会とやらに参加するにせよしないにせよ、その日中には戻って来れやしないだろう。つまり、彼女がT大学を空ける期間はまるまる二日間あるのだよ。この間に贔教授がケーキを買い、江枝氏がそれを口にすれば良い。簡単な話さ」
 確かに、二日間あれば、ケーキを口にすることなど簡単だろう。だが、しかし。
「ふむ、君にしては察しが良いね。そう、この粗筋には一つだけ無理がある。贔教授が何故わざわざ水野女史のいない時にケーキを買ってくるのか、という点だ。ここで、君の登場だ」
 突然指を差されて、私はどぎまぎする。私が何をすれば良いと言うのだ。
「君は贔教授と親しかったね。仕事で知り合って、それから交友するようになったとか。その君の口から、シンポジウム前日に、君の恋人である水野女史が急遽シンポジウムに参加できなくなったと聞かされれば、どうだろう。贔教授としては、君を疑う必要なんてないわけだから、きっと信用するに違いない。軽い体調不良だから、普通通り大学には出勤するとでも言っておけば、まず問題はない。しかし当日、ケーキを持って現れた贔教授は、水野女史には会えない。なぜならば彼女は予定通りシンポジウムに参加するのだからね。大学で戸惑う贔教授に、君は電話を掛ける。『水野は体調が回復したため、予定通りシンポジウムに向かった』と。あとは、さっき言った通りさ。紫陽花の毒で江枝氏は死亡、水野女史は『運よく』助かる。紫陽花の花の出所については、警察の調査でも恐らく何も分からないだろう。そうすると、最も機会に恵まれ、更に水野女史を贔屓していたという噂のある贔教授が犯人として浮上するだろうね。……可能性としては、紫陽花がケーキに添えられていたということが判明せず、ケーキについての言及すらされないことも考えられる。この場合はそもそも、紫陽花の誤食ということで済まされてしまうだろうから、事件にすらならない」
 思路は淀みなく喋っていたが、そこで言葉を切り、表情を曇らせた。
「以上が私の腹案というやつだが……、君はこれを聴いて、『いつも通りに』するんだろうね」
 私が肯くと、思路は眉根を寄せて険しい表情になった。
「私は友人を大事にする人間だ。だから君の頼み事も聞いてきたし、私の考えを話もした。だから」
 そこで彼女は、今までうつむき加減だった顔を勢い良く上げて、私を見た。正面からきっと、私の目を見据えた。黒くて大きな瞳に吸い込まれる。
「だから、私はここで君に言っておかなくてはいけない。君は、そんなことをしてはいけない。するべきではない」
 今まで彼女の口から出た中で、最も力の入った言葉だ。
 単純に、そう感じた。
「これは冗談ではない。そんなことをしたら君は、後悔するだろう。絶対に後悔する」
 私は沈黙で返す。何よりもそれが、私の決意を代弁してくれる筈だと信じて。思路は数秒、言葉同様力のこもった眼差しで私を見つめていたが、やがて、ふっと視線を逸らした。諦められた……、そう感じた。
「分かった。君がそうしたいなら、し給え。私はもう、止めはしないよ。言うだけのことは言った。もう、私に出来ることは無い」
 私が何も言えず黙っていると、思路はふっと表情を緩めて、こちらを見た。およそ高校生とは思えない、包み込むような暖かさを持った視線。
「私は何も、君を嫌いになったわけではないよ。例え君が何をしようとも、私は君の友人だ。それは変わらない。……君は、どうか知らないけれどね」
 その気持ちは私も同じだ、と私が慌てて言うと、思路は首を振った。
「どうだろうね。私が君の不利益になるようなことをしたとしても、君が変らない気持ちでいてくれるかどうかは、誰にも分からないことだろうと思うんだ。君には何のことだか分からないだろうがね……」
 尚もよく分からない台詞を口にする思路は、どこか遠くを見ているような目をしていた。