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不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器

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 犯人の母親に刺されたこともあった。それでも勇希は諮問探偵を辞めるなんて一言も言ったことがない。勇希はいつの間にか眩しいほどに成長している。逞しい青年になる日はきっと近い。私はその日が楽しみでならない。
 そんな勇希が傍にいてくれる。
 軍法会議に乗り込んだ私たちは当然注目された。
 刺々しい視線が私に集中する。
 それでも私は平気だった。勇希の熱を感じるために手をぎゅっと握る。
 久留島大佐が私たちを見て驚いたような表情になった。
「お話があります」
 と私は話し出した。
 私と勇希をつまみ出そうとする兵士を、ハッカさんが止めてくれた。
 軍人の一人が厳しく問いかける。
「君は誰だね」
「私は一〇年前、この人に殺された被害者の一人です」
 と私は久留島大佐を指差した。
 軍法会議は騒然となる。
 久留島大佐は憮然とした表情で私を見ている。
 私のことを覚えていると確信した。
 それでも、
「証拠はどこにあるのかね」
 という軍人からの質問は当然かもしれない。
 自動人形には裁判で証言をする資格はない。私たち自動人形は自動車の運転も認められていないような愛玩物に過ぎない。鳥籠の鳥は、ただ主人を慰めるためだけに鳴く。それ以上は望まれていない。
 自動人形も同じだ。
 主からの愛に応えることだけが課せられた使命。
 それでも。
 それでも私は人間だ。少なくとも、かつて人間だった。もし今、声を上げなければ私は本当にただの愛玩物に成り下がってしまう。
 だから私は声を張り上げて久留島大佐の犯行の詳細を語った。
「この人は暗い裏路地で待ち受けていました。私は野兎のように彼の狩場に迷い込んでしまったんです。この人は私の行動を調べ上げていて、あの夜に私が裏路地を通ることを知っていたと語っていました。私を押さえつけ、私の外見だけを取り上げて、美術品のように褒め称えました。そして、私を殺したんです」
 しん、軍法会議の議場が静まり返る。
 今、私は久留島大佐に王手をかけた。しかし詰めに至ってはいない。
 そこで勇希が決然と答えるのだった。
「確かにサヨイには証言する資格はないかもしれません。ですが、証拠ならあります。サヨイ自身が証拠です」
 と勇希は私に向き直り、私の瞼にそっとキスをする。そこにはかつて私が久留島大佐に奪われた眼球の痕跡があった。
 記憶を吸い出されるような、そんな感覚が襲う。
 軍法会議で行うのは不謹慎なのは勇希も承知していただろう。
 それでも私は一瞬の触れ合いが永遠のように思えた。
 勇希の唇が私に触れている。
 それだけで私は陶然となった。
 今、私は母親だろうか。
 それとも、ただの女だろうか。
 分からない。
 けれど、私の体の奥はその答えを知っているような気がした。
 もし魂に熱があるのだとしたら私は確かに勇希の魂を感じている。勇希も私の熱を感じているだろうか。私と触れ合うことを喜びとしているだろうか。勇希の答えを知りたい、という衝動に駆られた。
 だが今は過去と向き合わなければ前に進めない。
 再び騒然となった会議室の中で勇希は静かに語り出す。
「僕には自然計数を知覚する能力があります。サヨイは一〇年前の事件における最大の証拠品です。サヨイからは、帝国銀行、一六〇一一三という情報が読み取れました。サヨイが殺害されたのは応化一六年の一月一三日。そして帝銀が提供する貸金庫の番号は六桁です。帝銀の貸金庫を調べてもらえば、そこになにがあるのか分かると思います。――そうですよね、久留島大佐殿」
 久留島大佐は表情を変えなかった。
 久留島大佐は一〇年前に私を殺した時もこんな表情をしていた。狂気を宿した情熱にもとづいて私を静かに破壊した。
 その夜のことを久留島大佐は静かに語り出した。
「君は本当に美しい目をしていた。私に所有して欲しいと目が訴えていたんだ。戦地で殺めた少女たちも同じような目をしていた。あの手を、あの目を、あの少女たちを私は所有したかった。それのどこがいけない? 美しいものを所有したいと思うのは誰しもの本音だろう?」
 勇希が厳しく指摘した。
「お国を憂いる振りをして貴方は自分の欲望を密かに発散していたんですね。そのことが僕には残念でなりません。貴方は結局、自分の狂気を世界にばらまこうとしただけです。貴方は理想的な兵士とはとても言えない。ただの殺人鬼です」
 そんな勇希の言葉で軍法会議は一旦閉じられた。
 言うべき言葉は勇希が語ってくれた。
 もはや、この場で私たちがすべきことは残っていない。
 ハッカさんが私たちを見送ってくれる。
「目を取り返したら必ずお返しします」
 そう言ってくれるのが嬉しかった。
 しかし私は勇希の手を握って答える。
「いいえ。お気持ちは嬉しいですが、私は今の目を大切にしたいんです。この一〇年、勇希を見詰めていた今の目を」
 私が愛し、私の愛に応えてくれる勇希。
 そんな彼と出会えたことは私にとって最初の幸福だ。
 勇希との暮らしがいつまでも続けばいいと願ってやまない。
 陸軍の司令部を出ると雲の合間から光が差し込んでいた。外では少し雨が降っていたらしい。雨上がりに街は濡れ光っている。
 柔らかく降り注ぐ日差しの下、私は勇希と連れ立って歩く。
 勇希はいつの間にか私より背が高くなっていた。
「ねえ、勇希」
「なに?」
「さっき私にキスしたでしょう?」
「いや、あれは……」
 勇希はしどろもどろに言い訳しようとした。
 私は勇希の唇に指を当てて言い訳を止める。
「私は怒ってないわ」
 軽やかにステップを踏んで私は勇希の先を歩き出す。
 勇希が慌てて追いかける。
「サヨイ、待って」
 濡れ光る道を二人で歩く。
 いつか勇希は大人になって私の先を進むようになるだろう。
 それでも今はこのままの関係でいてもいいと思う。
 今の距離感の心地良さにあと少しだけ甘えていたい。