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連載小説「六連星(むつらぼし)」第51話~55話

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 広野町にある東電の火力発電所は、1980年4月に建てられた。
1号機が運転を開始して以来、順次にわたり増設がすすめられ、現在では
5号機までが運転している。
最終的には総出力440万kWの発電所になる予定で、いまは6号機が建設中だ。
東京電力の大型の火力発電所としては、唯一、供給エリア外に
立地している発電所だ。

 広野の火力発電所は、磐城沖にあるガス田から供給される天然ガスの
存在を前提に建設されたものだ。
同所から採種されたガスの全量を、発電用として使用した。
磐城沖ガス田は、2007年7月で生産を終了したため、石油と天然ガスを
利用していた3・4号機は、これ年以降、石油専用に変更されている。


 発電設備は、海に張り出した埋立地に建設されている。
陸地から長さが333mに及ぶ海底トンネルによって、つながれている。
そのために主な建物は、陸地からはほとんど見ることができない。
周辺からは、巨大な煙突だけが目立つ存在になっている。


 この巨大な煙突が、広野火力発電所のシンボルだ。
マスコットキャラクターも、形を模した可愛い煙突の形をしている。
敷地の一部は、「広野海浜公園」として市民に開放されている。
小さな広場が一つあるだけに過ぎないが、長い階段を使って
埋立地に設けられた有料の釣り場へ行くことも出来る。


 東電は、震災直後に、福島第一電発のすべての原子炉を失った。
そのために供給能力が、一気に5200万kWから 3100万kWまで低下した。
380万kWの発電能力を持っていた広野の火力発電所の存在は、窮地に落ちた
東電の発電容量を、12%も押し上げるインパクトを持っている。
そのため被災地の状況下にありながら、なおかつ避難区域ぎりぎりの
立地という、悪条件下にありながら、復旧工事の着手には
迅速なものがあった。


 東京電力は、人海戦術の突貫工事のあげくに、7月16日までに
甚大な被害を受けた5基の発電炉のすべてを、見事に再稼動させている。
4月21日に、立入禁止の区域が縮小されたことを受けて、すぐその日から、
火力発電所の復旧作業に着手している。
3ヶ月に満たない短い工期の中、瓦礫の撤去から塩分の除去、建屋と炉と
タービン、その他の配線配管の工事などのすべての修理を、
ものの見事に完了させた。



 修理は、夏場の電力不足対策のタイムリミットもあり、
一日あたり最大で、2800名の作業員が投入された。
修理を最優先させるために、東電は徹底した物量作戦を敢行した。
その結果、5号機が6月15日に復帰した。
ついで7月3日には1号機。7月11日に、2号機。7月14日に4号機。
そして7月16日には最後に残った3号機が、見事に再稼動を果たしている。


 火力発電所の目覚しい復旧とは裏腹に、発電所周辺の一般住宅地や道路、
水道などのインフラは、ほとんど手付かずのまま放置されている。
津波に襲われた常磐線から東側の低地部が、ひどい状況を晒したまま、
一年が経った今でも、そのままの放置が続いている。
川にかけられた橋は、崩壊して落ちたままだ。
損傷を受けた道路もまた放置をされて、そのままの凹凸と亀裂が残っている。
季節が巡ったために、瓦礫はすっかりと雑草に覆われている。
何処を見ても手つかずの風景のまま、荒れるに任せて放置されている。


 このあたりを襲った津波は、高さが7~8mにおよんだ。
低地といっても広野町の海岸は、断崖を持っている。
住宅地は海面から、5m以上の高さに有った。
しかし津波は断崖を簡単に乗り越えてから、500mあまりの内陸部まで
強い勢いのまま押し寄せている。
常磐線の盛り上がった土手に阻まれて、ようやくのことで津波が止まった。
このときに流された瓦礫は、今でもそのまま波打ち際に残っている。
あれから一年が経つが、片付けようとする気配さえ見えない。


 (この扱い上の格差は、いったい何処から生まれて来るのだろう。
 隣に建つ広野の火力発電所には、毎日数千人の作業員たちがやって来た。
 短かい期間のうちに、発電設備が復旧した。
 民間の東電は力技を見せたのに、政府や行政の対応にはそれが無い・・・
 政府にも言い分はあるのだろうが、あの日から一年が過ぎたというのに、
 これではちょっと弁護のしようがない。
 復活して操業中の火力発電所と、橋が落ちたままの光景には格差が
 有りすぎる。
 あまりにも扱いの、差が大きい。
 首都圏の発電所だけが、さっさと復旧している。
 疲弊している被災地の復旧は、いつまで経ってもほったらかしという状況は
 絶対に不公平すぎる。
 このもどかしさは、いったいどこから生まれてくるのだろう・・・・)


 火力発電所が有る海岸部から、かえでが進路を北に取る。
今度は内陸部に作られている、Jビレッジを目指して走り始める。
かえでの軽自動車は、被災の傷跡がありありと残っている生活道路を
伝いながら、大動脈のバイパス・国道6号線をめざして北へ進んでいく。

 遠ざかる火力発電所を見るために、響がもう一度、後ろを振りかえる・・・・
もうもうと白煙を吹きあげる巨大な煙突を、じっと見つめている響の瞳に、
行き場のない憤りと、やりきれない悲しみの色が
ありありと、浮かんできた。

(56)へ、つづく