笑いたけのゴーストダンス
少し前を男の子が歩いている。
とぼとぼとうつむいて。
そのうしろ姿に見覚えがあることに、ぼくは気がついた。庄司くんの話を思い出した。だけど、まさか・・・。
男の子は森の中へ入っていった。ぼくはそっと後をつけた。森の一本道が奥へと続いている。
やがて、男の子は立ち止まり、ふりかえった。
「竹尾くん!」
やっぱりそうだ。
「みんな、きみがいなくなったって、言ってるよ」
「いなくなんてなってないよ。ぼくはここにいるじゃないか」
竹尾くんが、はにかんで笑った。
「そうか。きみもここにきたんだね」
竹尾くんが目を輝かせた。
「ここはいいところだよ」
「いいところって?」
「ここが入り口なんだ。さあ、行こう」
竹尾くんは、そっとぼくの手をとった。
竹尾くんに手を引かれて、一歩ふみだすと、そこには大草原がひろがっていた。
まぶしいくらいの大草原。そこを子どもたちが駆けまわっていた。
ここは・・・ここはいったいどこなんだ?
「みんな~。新しい友だちだよ~」
竹尾くんがさけぶと、子どもたちは、興味深そうにまわりに集まってきた。
みんな頭に、赤と青の羽飾りをしている。
「わあっ、友だちだ」
「新しい友だちだ」
「よーし。みんなで歓迎の儀式をはじめよう」
「おーっ!」
子どもたちの一人が、大きな皿にのせて、何かはこんできた。赤いキノコと青いキノコが、山盛りになっている。
子どもたちが、手をつないで輪になった。
「さあ、食べて食べて。赤いキノコからだよ」
竹尾くんがぼくをうながした。
まわりの子どもたちが、いっせいに声をあげた。
「なろうよ」
「友だちになろう」
「悲しいことなんか忘れて」
「笑おう。おどろう」
頭がぼーっとしてうまく働かない。どうなってるんだろう? ぼくはさっきまで森の中にいたはすだ。その前は・・・そう庄司くんと話をした。
ぼくはおそるおそる赤いキノコに手をのばした。
「ここにいるのは親を亡くした子どもたち」
竹尾くんがつぶやいた。
「親に捨てられてしまった子どもたち」
竹尾くんの声はまるで呪文のようだ。
「親にひどくなぐられて、死んでしまった子どもたち」
頭に羽飾りをつけた子どもたちが、ぼくと竹尾くんのまわりを輪になっておどった。
おどるおどる子どもたちがおどる。子どもたちがまわる。ゆれるゆれる羽飾り。赤や青が入りまじる。
ゴーストダンスだ。
ぼくは赤いキノコを口に入れた。ふしぎにそのキノコは甘かった。子どもたちを見ているうち。ぼくは目がまわってきた。
「あはははははは」
とつぜん、笑いの発作がはじまった。このキノコが笑いたけだったことに、ぼくは気がついた。がまんしようとしても、笑いが口からもれでてしまう。
「あはははははは」
悲しかった。おかしいのに悲しい。悲しいのにおかしい。
まわりの子どもたちが歌っていた。
「いっしょになろう」
「ぼくらといっしょに」
「食べて食べて」
「青いキノコを食べて」
「そうすれば悲しみを忘れる」
ぼくは本当は悲しかったんだ。
ぼくはそのことに気がついた。
大人には大人の事情があるなんて、ごまかしだ。心をこおらせて、マヒさせて、自分にうそをついていたんだ。
キノコなんか食べなくたって、ぼくはこの子たちと同じだった。
悲しみを忘れたいだけだったんだ。
それを赤いキノコが思い出させてくれた。
ぼくは青いキノコに手をのばした。この悲しさから逃げられるなら、もうなんでもよかった。
けれども、ぼくが青いキノコを口に入れたとき、頭にうかんだのは、公園のベンチでしょんぼりとうなだれている父さんの姿だった。
悲しみはわすれちゃいけないんだ。
ぼくは口からキノコをはきだした。
ぼくは子どもたちの輪の外へ出ようとした。たちまち、子どもたちに押し戻された。
「どうして逃げるの?」
「ここはいいところだよ」
「むこうに何かいいことがあるの?」
「ステキなことがあるの?」
「なにもないよ」
ぼくはまた外へ出ようとした。また輪の中に押し戻された。そのとき、だれかがぼくの手をとった。
「竹尾くん!」
ぼくと竹尾くんは、いきおいよく、子どもたちの輪の外へとびだした。
たちまち景色が変わった。
そこに大草原はなかった。
そのかわりに、数え切れないほどのキノコが、もうもうと胞子をふきあげ、風にゆれていた。
「あははははははは」
「あははははははは」
キノコたちが笑っていた。笑いたけだ。
そのとき、ぼくは気づいた。
いなくなった子どもたちは、悲しみを忘れるために笑いたけになったんだってことに。
インディアンたちは知っていたんだ。いくらおどっても、バッファローが群れをなす大草原はかえってこないことを。
この子どもたちも知っているんだ。取り戻せないことがあるってことを。
この子たちは、ただ笑っていたいだけなんだ。
「あははははははは」
ぼくも笑いの発作におそわれながら、ただもうむちゃくちゃに腕をふりまわして、竹尾くんの後ろについていった。
「もうすぐ出口だ。すぐそこだ」
竹尾くんが言った。
気がつくと、ぼくたちは森へ戻ってきていた。
「友だちになってはくれないんだね」
竹尾くんがさみしそうにつぶやいた。
「きみは半分しか食べなかった。まだここにくることにはなっていないんだろう」
そのときにはもう、ぼくの笑いの発作はおさまっていた。
「ひとつだけ聞いていい?」
ぼくが言うと、竹尾くんはうなずいた。
「竹尾くんはだれに会いにいこうとしたの?」
竹尾くんは、少し考えていたようだったけれど、やがて口を開いた。
「父さんと母さん」
竹尾くんはぽつりとつぶやいた。
「でもけっきょくは会わなかった。それでいいんだ」
竹尾くんは何かをふりはらうように言った。
「さよなら」
竹尾くんは寂しそうにほほえんだ。
「ぼくはきみのことが好きだったらしい」
それがぼくと竹尾くんとの別れだった。
「ノボル! ノボル!」
父さんの声だ。
目覚めると、父さんと母さんがぼくを見下ろしていた。ぼくは体を起こして、まわりを見まわした。森のすぐ出口のところだった。
「母さんから電話があったんだ。ノボルが戻ってこないって」
もう朝だった。ぼくは丸一日ここに倒れていたのだ。
「もうこの子ったら心配かけて!」
母さんが泣き出した。
「探したよ。片っぱしから電話をかけて。そうしたら庄司くんが教えてくれたんだ。桐が森の近くでノボルを見かけたって」
父さんはぼくを怒らなかった。
「父さん」
ぼくはうそをつくことに決めた。
「バッファローが群れをなす大草原はあったよ」
父さんはだまって、うなずいてくれた。
ぼくらは歩き始めた。
父さんと母さんは、互いにそっぽを向いたまま、話をしようとしない。
ほのかにあたたかい秋の日差しのなかを、ぼくらはただ黙って歩いた。
とりあえず、三人で。
作品名:笑いたけのゴーストダンス 作家名:関谷俊博