御伽五話
五 猫
その日以来、家人は私と起居を共にするようになった。三日目に猫が戻らなくなった。だが、家人がいたため私は何らの欠如をも感じることはなかった。
「私のせいですわ」
家人が猫の皿を見つめる。七宝の小皿、かすかなミルク、旧い新聞が、夕暮れの中で宙に浮いていた。
「猫のやつめ、焼餅を焼いた」
家人の唇が細かく震えた。
「そんなふうに、言うものじゃないわ」
家人は睫を濡らし、私の背後にぼうと立ちあがった。その瞳は奥に緑の炎を宿していた。
「猫のやつめ。出て行くなら一人で出て行けばよいものを」
私は独りごちた。
しっぽりと夜である。
家人に猫が降りた。ベルの音がきっかけだったのかもしれない。私は家人を宥めるのに手一杯で、電話の世話まではできなかった。家人は頭を振り、四足で襖といわず、畳といわず、ずたずたに掻き毟った。またたびを与えてみたが、効果は無かった。仕方が無いので、布団を引っ被り私は目を閉じた。家人の声が、首の後ろから滑り込んでくる。家人は私にのしかかり、跳ねまわった。非常に面倒だったが、家人の顔は端正なままだったので、私は家人を外に出すには忍びなかった。だから、うろつきまわる家人を、私は布団に押し込め、抱きかかえた。夜中の二時を回る頃、家人の憑き物が落ちた。だが、猫だった頃の余韻が冷めないのか、その後、夜が明けるまで、家人の中に留まらなければならなかった。
以上