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トマソン

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「あ、トマソンだ」

 ランドセルのガッシャガッシャを唐突に、ユージ君が水平に伸ばした人差し指のその先に、ヒトの姿は、誰もなくって、代わりに犬が居た。1匹だ。キッタナイ犬。剛鉄錆鉄ポールに、ゴッツイチェーンで繋がれたままの、犬。「居ても居なくても居ぬ」という謎掛けのような生き物。色は……なんて言ったらいいのか分からない……少なくても元の色は判別つかない。年齢も分からないが、例え1歳だったとしても、これはもう老犬に違いない。
 毛の剥げた犬が、塗装の剥げた壁を背景にして、カモフラージュのように同化している。壁は、一階建ての木造住宅の壁。そこから漏れてきているのか、犬から漂ってきているのか知らないが、動物の死んだようなクッサイクッサイ香りが、鼻の穴から僕らの肺臓に、容赦なく吸い込まれてきて、あの日の僕らに「どっちが長く息を止めていられるでしょうかゲーム」を開始させようとしていた――

「トマソンって言うの?この犬」

 小学生だった僕は、蝉と排気ガスの馬鹿でっかい合唱に負けないよう、大きな声で尋ねた。「そうトマソン。本当の名前は知らないけど、トマソン」「え?本当の名前じゃないの?」「そう、従兄弟のニイチャンが付けた名前」「トマソンって何?」「ホラ、山西の駄菓子屋の横の壁に、登っても2階が無いヘンテコな階段がくっついてるじゃん?」「ああ、知ってる」「ああいうのトマソン」「……どういうこと?」「建物にくっついている意味の無いモノをトマソンって言うんだって」「ふーん……なるほどね」「この犬さ、ずっと繋がれっぱなしなんだよなここに」「あー、そう言えば、散歩しているの見たことないね」「この犬の飼い主が、足の悪い爺さんでさ、散歩に行けないんだって」「……散歩に行けないんだったら、犬なんか飼わなきゃいいのに」「まったくだ!」「カワイソウ……」「カワイソウだね……トマソン」

 「建物にくっついている意味のないモノ」は、街中をそういう目で見て歩いてみれば、結構見つかる。例えば、窓をコンクリで塗りつぶされた出窓であったり、家の壁にビッタリとくっついた門だったり(開けても壁しかない)、2階の壁から飛び出た意味不明の蛇口だったり、とかだ。ユージ君の話によると、そういったモノ達を「トマソン」と呼ぶらしい。名前の意味は分からないが、当時の僕は、「トマソン」という語の持つ妙にPOPな響きを、痛く気に入ってしまい。暫くは会う人会う人に、自慢気に「トマソン」の説明をしていたものだ。

 ――あゝ、因みにこの話は、小学校4年生のある日――せっかくの夏休みを分断する、嫌がらせでしか無い「登校日」という日の下校中――上記の会話をきっかけに起った、或るお話です。
 僕は……僕たちは……ミテハイケナイモノを見てしまったんです。今にして思えば、アレもある意味では、トマソンの一種だったのかもしれませんが……

 トマソンの説明はコチラ→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%BD%E3%83%B3

*****

「逃してあげよう」

 夏休み最後の日、迫り来る宿題「締め切り」へのプレッシャー&母親の叱責から逃れ僕ら二人は、オニギリ公園のブランコを立ち漕ぎしていた。
 振子運動の局地に達し、お互いの身体が同時に水平になった瞬間ボクラは、青空から目を逸し、隣人の勇姿を見て笑った――僕もそのことを考えていたんだ。

「トマソンはカワイソ過ぎる」

 何しろトマソンは、餌もろくに与えられていないに違いなく!日に日に見る見る衰弱していくご様子で、見かねた僕らは毎日毎日ラジオ体操の後に、トマソンにご飯をあげるのが日課だった――ナケナシのお小遣いを合算して買った、ドッグフードを少しづつ、ヒビ割れた茶碗に、落っことして――この善行には、例えば「夏休みの宿題免除」と」いった特例措置があってもいいのではなかと、本気で考えていた。いや今でもそう思う。

「このままではトマソンは、本当に『トマソン』になってしまう」

 意味のない建物の付属物になってしまう。トマソンが寝そべっているコンクリートは、糞尿に塗れていた――飼い主のジジイの奴、掃除もしていないのか!?
 雨の日のトマソンを匿うヒサシや犬小屋はなくって、トマソンの周囲に立ち込める「異臭」は、どんどんと臭さを増して、もはや死臭と化していた――ウンコガスと言ってもよい。
 トマソンのヒジは、コンクリに擦れて毛を失い、痛々しくも赤赤とした薄い皮膚を剥き出しにし、そこから雑菌が入って所々黄色い膿が入った水疱がパンパンになっていて……

「竹内のジジイ、旅行に行っているらしい」

 ユージ君が誰かから聞いてきた話。「誰にもトマソンの世話を頼まずに、温泉かどっかに行っている」というもっぱらの噂。「首輪を切るしかない」「道具は?」「あるよ」「何処に?」「持ってきた」「え?」「ホラ」
 そう言ってユージ君がポケットから出したのは、ピカピカ光るぶっといペンチ――いや、尖端にミヤマより鋭利な刃を持つニッパーだ。「お父さんの道具箱から盗んできた」これが僕らの武器――こどものぼくらには大きすぎる武器、トマソンを繋ぎ留めているあの憎っくき「剛鉄錆鉄ポール」から解放する為の聖剣にも比すべき僕らの、武器。「これで首輪を斬る!」「なるほどね。金具は錆びきっていて、とても外れそうになかったしね」「そう、だから首を斬る!」「え?首を斬っちゃうの?」「いや、冗談、首輪を斬る」「いつやる?」「今」「すぐ?」「うん」「じゃあ後ろに乗りなよ」ブランコから大ジャンプしてズザー、僕のスニーカーが滑った先に、愛車を待たせてあった。「自転車で行こう」

作品名:トマソン 作家名:或虎