まだ、信じてる
ある日、その日はなんだか朝から具合がおかしいと感じていた明海
だったが、学校も竹流のことも、決してやめないと心に誓い、
はってでも登校するつもりだった。
しかし体は疲れ果てていた。
名前を呼ばれ立ち上がり教科書を手に取ろうとした瞬間、
明海は意識が遠のいていった・・・・・。
もう一度、目が覚めた時、白いカーテンの引かれた、
保健室のベッドに明海はいた。
「気がついた?高遠君・・・?」
声がして、ゆるやかにカーテンが開き、長い髪を束ねた石橋 郷子
先生が入って来た。今まで、保健室の世話になったことのない明海は、
目をこらして先生を見つめた。もう全然若くもいわゆる美人でもない、
独身の石橋先生。
「過労よ、あなた。―若宮君の所に毎日、行っているそうね?」
「・・・・・」
竹流のコトについて、母をはじめ友人達も全員、近頃、明海の行動を
よく言わなくなっていた。
竹流の祖父母からは、やんわりと〝来ないでほしい〟
旨のコトを言われていた。
『体こわしてまで若宮くん家に行って、どうなるの?!お医者様に
まかせなさい、明海!』『高遠、気持ちはわかるけどさ、最近お前、
なんかつかれてるみたいだぞ』『高遠君、¨若¨はきっと治るから。
ね?そんなに心配ばっかりしてないで・・。』『明海君、すまない、
竹流のために、こんなに尽くしてくれて。でもこれでは明海君まで
おかしくなってしまう・・・それではご両親に申し訳ない・・・』
(誰にも、わかるもんか・・!竹流のことを・・・!!)
唇をかみしめ、明海は顔を伏せた。
悔しさにまた泣いてしまいそうだった。
(情けない・・!!しっかりしろ!!!)
「あなたの気の済むまで、がんばりなさい。」
「え・・?」
びっくりして、先生の方を見ると、不思議な笑みをたたえていた。
「ただし、体の具合の悪い時はまっすぐに、ここへ来なさい。」
まじまじと明海は石橋先生の顔を見た。
メガネの奥の瞳は43才独身とは思えないほど活々と輝いていた。
内面からくる美しさ、というものを初めて明海は、まのあたりに感じた。
「信じることを、貫くのは並大抵の意志じゃ、無理なの。たとえ、人が
バカだと後ろ指さしても、自分が信じた事が、真実なのよ。」
先生の背後から、少し開いたカーテンをこえて、
光がちらっと目に入ってくる。
まぶしい・・ガラス窓を、光が乱反射している。
「何か、言いたいことがあるなら・・言いなさい。
・・・あなたの思うようにする事、大事なことはそれだけ。」
「オレは・・・」
竹流について、今はまだ進行形すぎて、明海は口に出せそうになかった。
「しゃべりたくないなら、いいの。―信じなさい―自分を―・・」
笑顔とともにカーテンが、再び引かれた。
明海は天井を少し見ていたが、やがて再び、眠りに落ちていった。
砂漠の中で立ちつくし、蜃気楼に向かって叫ぶ夢を見た。
(好きなんだよ・・愛してるよ・・誰が何といっても・・・竹流・・・!!)
明海が竹流の元へ通う事はもはや周囲からは‘苦行’をしている様に
映っていた。そしてその真摯さにやがて、誰も何も言わなくなっていった。
時々、明海は迷い、荒野をさまよう様な憂鬱に襲われる。
眠りにつく前のベッドで・・授業を受けなから・・いいしれぬ先の
見えない不安に胸が壊れそうだった。
どうしようもない時―保健室に、足が向いていた。
石橋先生はまったく何もいわず、ただただ明海の話を聞くだけだった。
「竹流は―竹流はまだ、一言もしゃべってくれません。
オレをみていても‘見て’はいない・・・。」
竹流は、日々、白紙にもどっていくようで、散乱してゆく心を
つなぎとめるすべが、明海には、もう、無いような気がかすかにした。
「俺は・・もうダメです。もうどうしたらいいのかわからない・・・」
石橋先生の前で、初めて泣いた日、先生ははじめて明海にいった。
「明海君。人は闇の果てに光を見る日が、いつか突然あらわれるの。
呼びなさい、その声で。疑ってはダメよ。あきらめないで。
自分を、信じなさい。」
そうして、一年の日々が流れた。
(これが、最初で最後の恋―・・。)
(そして、最後のキス・・・。)
昏くなりかけた、夕闇せまる時刻・・・明海はそっと静かに竹流の
唇に唇を重ねた。
その時。
ずっとずっと無反応だった瞳が、わずかに動いたようにみえた。
(今だ!呼ぶんだ!信じて、自分の声で!!)
「竹流!竹流!!たける!!!」
大声で、明海は繰り返し竹流の名を絶叫した。
「あ・・」
(ここへ来て!オレの所へ!!!)
「竹流ッっ―愛してる!」
もう一度、今度は深いキスをした。かつての夕暮れの日に竹流が
明海くれたように。
「あ・き・・・」
たどたどしく唇が言葉を発していく。
ずっとずっと待ってた。
信じることだけが、ただ愛しつづける事だけが明海を揺り動かして来た。
―――光はやってくる―――。
「あきみ・・・・・」
それが、すべての始まりのことば・・―。
[THE END]