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華鏡(はなかがみ)~鎌倉のおんなたち・時代ロマン小説連作集~

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「こんなことがあるなぞ、まだ信じられぬ。夢を見ているようだ。側妾としてでも傍に置きたかった。どうでも欲しかったそなたが我が妻だったとは、何という幸運だろう」
 首筋に温かい唇が触れる。それを合図とするかのように降るような口づけが首筋に落ちた。刹那、千種は総毛立った。
 男! 良人が私の身体に触れている。その事実が信じられず、受け容れられない。
「いやっ」
 千種は頼経の身体を渾身の力で押しやった。わずかにできた隙に彼の身体の下から這い出て、脇に逃れた。そのまま褥から出ようとしたところで、背後から抱きすくめられる。
「何故だ? どうして逃げるんだ。そなたはあの千種であろう? それとも、よく似た別人なのか」
 よく似た別人、その言葉が我が身が身代わりであることを思い出させ、余計に千種を混乱状態に追いつめた。
「あ、わ、私」
 何か言いかけて、堪え切れなかった涙の雫がはらはらと零れ落ちる。いつもなら千種の涙を見れば止まってくれる彼が今夜は止まらない。どころか、彼女が泣いたのを見て余計に頭に血が上ったらしい。
「泣くほどに、私が嫌いなのか!?」
 そんなことがあるはずもないのに、千種が彼を嫌うだなんて、天地が裂けてもあり得ない。だが、今は恐怖と混乱で動転しているあまり、自分の気持ちが言葉にできない。
 千種が何も言わないことがかえって誤解を招いてしまった。頼経は半狂乱になった。
「申せ、そなたは千種ではないのか、あの時、私と共に愉しいひとときを過ごしたのではないのか、よもや別人とは言わせぬ」
 か細い身体に回された彼の手にはますます力がこもった。
「何と、やわらかな身体だ」
 怒りながらも、頼経は千種の身体のあちこちに触れる。腰から臀部、豊かな胸のふくらみを大きな手で包み込まれ、揉みしだかれる。
「そなたの身体はどこもかしこもやわらかい、極上の絹のようではないか」
 薄物の夜着は身体の輪郭が透けて見えてしまうほどである。身に纏ってはいても、実のところ、何の役にも立ってはいない。夜着越しに無遠慮に触れてくる頼経の荒々しい手は千種を余計に怯えさせるばかりだ。
「夢にまで見た。そなたをこうして我が腕に抱く日を何度思い描いてきたことか。今宵、漸く願いが叶うのだな」
 千種の身体の手触りに恍惚(うつと)りとする彼は、千種が泣きじゃくっているのも耳に入らないようだ。
「痛い、止めて。痛い―」
 華奢な身体を力任せに抱きしめられ、骨が砕けるかと思うほどの痛みが走った。頼経と千種では力の差がありすぎた。いくら抗ってみても、彼は子猫を扱うように易々と千種の身体をくるりと反転させた。
「それに、良い匂いがするぞ」
 侍女たちの努力はどうやら功を奏したようである。頼経は千種の胸に貌を押しつけた。
「そなたの身体からは甘い花の香りがするようだ」
 どれ、試してみようと呟き、彼はまた千種を褥に乱暴に押し倒した。
「―」
 信じられなかった。あの優しい大好きなひとがこんな粗暴なふるまいをするとは考えもしなかった。
「御所さま」
 消え入るような声で呼んでも、千種の身体を貪ることに夢中になっている彼には届かない。
 とにかく話がしたい。何がどうなっているのかをきちんと彼と話し合って知りたい。そのためには、この行為を止めて欲しい。千種はその一心で、彼を呼んだ。
「お願いです、話を」
 身を起こそうとした千種をしかしながら頼経は突き飛ばした。
「話など後で幾らでもできる」
 突き飛ばされた千種はまた褥に転がった。褥が上等で極厚なので怪我はしないが、打ちつけた腰にはわずかの痛みが走る。腰にも増して、千種の心はこの頼経の行為にひどく傷ついた。
 再び起き上がろうとすれば、今度は無理に押し戻され、逆に上からのしかかられた。シュルリ、シュルリと前結びになった帯が解かれ始め、千種は恐慌状態に陥った。
「何をするの! 止めて下さい、止めて」 
 泣き叫んで抗うも、抵抗は難なく封じ込められる。両手をひと掴みにされている中に、帯は解かれ、素肌に纏った夜着も脱がされた。
「何と美しい」
 頼経は眼を見開き、言葉を失ったかのように千種の身体を食い入るように眺めた。そろりと手が伸びて、波打つ豊かな膨らみに触れる。
 紅を塗られた先端を掠めた途端、千種の身体がピクリと反応した。頼経は興味を持ったように再び可憐な乳首に触れる。千種があえかな声を洩らしたのに、今度は下側から掬い上げるように乳房を両手で包み込んだ。
「やわらかい」
 感嘆するように呟き、少し力をこめて揉んでみる。弾力のある感触が手のひらに心地よく、先ほど少し触れただけで敏感な反応を返してきた突起が誘うようにかすかに上下している。
 頼経はその先端の回りの乳輪を指の先でなぞってみた。また、千種が声を洩らす。触れている中に次第にピンと勃ってきた乳首が何ともいじらしい。彼はその突起を今度は中に押し込むように押さえてみた。
 一方、千種は怯え切っていた。歳を重ねていても、千種の持つ男女の事についての知識は朧なものでしかない。男に抱かれるのも初めてなのだ。頼経の愛撫は拙いが、かといって初めて女を抱くというわけでもなさそうだ。経験が浅いことは女体を珍しい玩具のように眺め触れていることからも判る。
 初めて抱かれる千種の気持ちなどお構いなしに身体ばかり求めようとしてくる。そのことが千種には心外でもあり哀しかった。
「千種の膚からは甘い香りがするが、ここはどうなのだろう」
 夢見心地の頼経が呟き、千種の胸に貌を伏せた。
「え?」
 何が起ころうとしているのか判らず、眼をまたたかせた次の瞬間、千種は絶叫した。
「止めて、止めてぇっ」
 さんざん弄り回された乳首は外気に触れただけで、何か得体の知れない痺れを感じるようになってしまっている。すっかり敏感になった乳首を頼経は口に銜えて、あろうことか赤児のように吸っている。
―なに、何なの。
 生温い口が気持ち悪くて、千種は泣きながら厭々をするように首を振った。
 肉厚の舌で扱かれている中に、突起はいっそう敏感になってゆく。さんざん吸った後、頼経は両の乳房の先端にチュッチュッと音を立てて口づけて、それで辛い責め苦はやっと終わった。
 恐る恐る視線を動かして胸を見た千種はまた泣きそうになった。ピンと屹立した乳首は頼経に弄られるまでは慎ましい薄紅色だったのに、今は熟した林檎のように真っ赤に染まっている。しかも、唾液に濡れて淫猥に光っている様はおぞましい。
 だが、これで辛い?お務め?からも解放される。この時点で千種は御台所の閨での役目というものがこれで終わったとしか認識できていなかった。なので、頼経の手が再び自分の身体をさ迷いだしたときは、恐怖と絶望に眼を一杯に見開いて彼を見た。
「御所さま、今度は何をなさるのですか?」 この場合、この先に何をされるのかと訊ねる恥ずかしさよりも怖さの方が勝った。今度はどんな目に遭うのか、千種は怯えを宿した瞳で震えながら頼経を見上げた。
「シッ」
 彼が黙っているようにと眼だけを動かして千種を見た。元々美しい男だから、欲情に翳っている今は凄艶でさえある。しかし、今の千種にはそんな彼の変化はただ不安をいや増すばかりだった。