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華鏡(はなかがみ)~鎌倉のおんなたち・時代ロマン小説連作集~

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 楓は抗うのを止めた。楓の良い香りのする黒髪に唇を押し当て、時繁はくぐもった声で続けた。
「お前も聞いたとおりだ。俺は頼朝を殺す。楓が先刻見た鈴音というのは、見た目は女だが、実は男だ。美しい容姿を生かして、自在に性を変えて変装することができる忍びの者。あれはその昔、平家の相国入道どのに仕えた諜報部隊?落ち椿?、つまり忍び集団の末裔なんだ」
「清盛さまに仕えた忍び集団、そのようなものがあったのですね」
「なければ、入道どのがあそこまで覇権を欲しいままにはできなかったろう。平家の力の源は都広しといえども、内裏から市井の隅々に至るまでのありとあらゆる出来事を収集できるその情報網にあったのだから」
「その力の源になっていたのが?落ち椿?」
「彼らは自在に変化(へんげ)して、何者にもなれる。その特性を活かして都はおろか全国津津浦々に散らばり、各地の情報を都にいる入道どのに送った。もっとも、その?落ち椿?も壇ノ浦合戦で随分と犠牲を出したが。鈴音はその生き残りだ」
 楓は小さく息を吸い込んだ。何かを喋ろうとすれば、泣いてしまいそうだった。泣いて時繁に縋り付き、
―たとえあなたが平家であろうが、私にはそんなことはどうでも良い。
 と訴えたかった。だが、それは所詮叶わぬことだ。父祖代々、源氏に仕え、将軍夫妻からは我が娘同然と可愛がられている楓である。その頼朝を裏切るような真似はできない。
「―私にそのようなことを話して良いのですか?」
 時繁は躊躇いなく即答した。
「構わぬ、私は楓を信じている」
 楓がまた身を捩ると、今度は時繁はすぐに離れた。
 今、ここで時繁の胸に縋り付いて思いきり泣ければ、どんなに良いか。父も河越の家も源氏も、何がどうなっても良いと自分を縛り付けるすべての柵(しがらみ)を断ち切れたとしたら。
 けれど、私はできない。時繁さまが平家の人間であること、源氏への憎しみを捨て去れないように、私もまた源氏の人間であることを忘れてはいけないのだ。
 私はあなたの胸の中にはいられない。誰よりも大好きなあなたの傍にはもう、いられない。
 何故なら、私は源氏の女、あなたは平家の男だから。
 楓は泣きながら、その場から走り去る。風もないのに、また鮮やかな紅葉がはらはらと散り零れる。その色はあたかも死人(しびと)の流す血の色を生々しく思い出させた。

 そのひと月後。月明かりもない夜更け、河越家の庭の奥深く、ひそやかに動く影が二つあった。
「それでは、予定どおりに」
 男女の性別を感じさせない声はどこかに感情を置き忘れてきたかのように響いた。
 対するのは男の声。
「薬は?」
「ここにこざいます。これを当日の朝、頼朝の膳に混入させます」
「判った」
 短い沈黙の後、男の低い声が呟いた。
「鈴音、この計画、すべてはそなたに掛かっている。よしなに頼む」
「御意、必ずや我が生命に代えましても」
 囁き交わす声はそれきり、ふつりと止んだ。後はただ生い茂った樹木が黒々とした影を庭に落とすのみ。

 時繁の正体を知ってからも、表面上は穏やかな日々が流れていった。時繁が頼朝暗殺を企てていると知った今、彼を愛していても、心をひらくことはできない。
 ただ、楓には彼を告発することだけはどうしてもできなかった。大恩ある将軍夫妻には裏切り行為に他ならなかったが、楓には他にすべはなかった。
 彼女はただ沈黙を守り通すことで、愛する良人と自らの粉々に砕けそうになる心を守ったのだ。更に、幸か不幸か、楓は時繁がいつどんな形で、頼朝を暗殺するつもりなのかは詳細は知らなかった。鈴音という忍びと時繁の会話では、それが近い中に行われるというのは察せられたものの、それだけではいつなのか判らない。
 そんな中、楓は自らの懐妊を知ることになる。
「おめでとうございます。ご出産は来年の六月辺りになりましょう」
 楓が子どもの頃から河越家に出入りしている老いた薬師はにこやかに告げた。楓は薬師に十分な金子を取らせ、このことは当分は父恒正初め誰にも口外せぬようにと厳重に言い含めた。薬師は一瞬怪訝そうになったものの、すぐに深々と頭を下げた。
 初めての懐妊、しかも最愛の時繁の子を授かった。この歓びの日を一日千秋の想いで待っていたにも拘わらず、楓は手放しでは歓べなかった。事が成功するかどうかに関係なく、万が一、時繁の仕業だと露見してしまえば、時繁の生命ばかりではなく、腹の子の生命まで脅かされることになる。
 また、引いては父恒正や河越氏の家まで累が及ぶことは必定であった。
 将軍暗殺、それは世の中を根底から揺るがすほどの陰謀だった。時繁がその大罪に手を染めようとしている今、懐妊が知れたのも良かったのかどうかと思えば、涙が零れた。
 このようなときに傍に居て欲しい乳母さつきは楓の結婚を機に屋敷勤めを辞め、遠江の御家人に嫁いだ次女の許に身を寄せていた。今は孫の守をしながら、安楽な余生を過ごしていることが時折届く文には綴られていた。
 
 運命のその日はふいに訪れた。建久九年(一一九八)、その年も押し詰まった師走の二十七日、相模川において橋の落成式が盛大に執り行われた。相模橋は檜という上質な材質を用いたものであり、当時としては最先端の建築技術をもって造られた。
 そもそもこれは稲毛三郎重成が妻の供養のために施主となって行った工事であり、重成の亡妻は御台所北条政子の妹に当たった。
 そのため、将軍頼朝も落成式には臨席するという大変栄誉あるものになったのである。落成式は厳粛かつ賑々しく行われ、頼朝は大いに満足して帰途についた。
 事件はその帰り道に起こった。頼朝が途中、落馬するという事故が勃発、直ちに応急処置が施され、その身柄は輿で鎌倉まで送り届けられた。
 鎌倉は蜂の巣をひっくり返したような混乱に陥った。侍医をはじめ、名医と呼ばれる医者が集められ、頼朝の枕頭に侍り手を尽くして不眠不休の治療が行われる中、次第に事件の詳細がつまびらかにされていった。
 落馬の原因は、頼朝の馬が暴走し、相模川に乱入したことだった。その際、弾みで馬から振り落とされたのである。面妖であったのは、その馬は普段からよく訓練され、急に暴走するようなことはかつて一度もなかったこと、更に暴走したときは異常に興奮していたこと。
 また、頼朝自身もまるで眠り薬でも飲んだかのように馬上でうつらうつらと船を漕いでいたという。これもまた滅多とないことであった。頭脳派の武将といえども、歴戦の戦をかいくぐってきた頼朝である。乗馬は第一級で、調教されていない野生馬ですら楽々乗りこなしてみせるほどの腕前であった。それが居眠りで落馬とは不自然といえば不自然だ。
―連日の激務のお疲れが溜まっていたのではないか。
 それが大方の見方だったが、中には首を傾げる者たちもいた。
 また、一部では怪談めいた怖ろしい話もまことしやかに囁かれた。
―頼朝さまの前にふいに貴人のなりをした童子が浮かんだというではないか。
―貴人のなりをした童子? 
―そうじゃ、髪は角髪(みずら)に結い、眼の覚めるような深紅の小袖に純白の水干を纏った綺麗な童子であったそうな。
―それはもしや―。
 そこで人々は顔を合わせる。