辞書。始まりのための始まり。
近づいて触りはしないけど、よく見たらしっかりと固い壁だった。
『お母さん、廊下の出入口が消えたよ。歪みが無くなった。』
『ほぉ~。あんたのおかげよ。男の子はまだ分からんけど、仏像の出入口も閉めてよ。』とのことだった。
『うん、分かった。やってみる。』
と私は、心強く引き受けた。
(今思えば何か違うなぁと思うのだが…。)
そして、辞書を持ち仏壇の前へ。
先ずは、辞書を開いて前かがみの姿勢になって、半眼の中の人達に見せた。
向こうから覗きこんでいた汚らしい人が、
『うわぁ~!!』
と両手で目を覆いながら後ろ向きに下がっていった。
それに気付いたもう一人が覗き込んで来て、同じような結果になった。
指と指の間に隙間を開けてまた覗いては怯えていたやつがいた。
一応確認のために覗いてみたんだろうけど、人間と同じようなこともするんだなぁと関心した。
そして、私は歌い始めた。
歌う時、前かがみの姿勢はきついので真っすぐ立って歌った。
なので半眼の中で何が起こったかは見ていない。
ひと通り歌って、半眼を覗き込もうとしたら、覗き込めなかった。
いつの間にやら半眼は閉まっていた。
すぐにお母さんの元へ。
『お母さん、半眼の出入口が閉まった…!!…どうしよう…?!』
と私は恐恐言った。
『へーーーっ!!閉まったんだーーーっ!!よくやった!!あんたがこの家を守ったなっ!!すごいっ!!よくやった!!』
とお母さんは言った。
私はオロオロしていたのに、その言葉を聞いて褒められたような気がした。
とまあこういう事を書いたけれども、私が世の中で幽霊やらお化けやら言われているモノを初めて見た出来事が、この事件ということだったのだ。
しかしこれが最初で最後の経験にはならなかったのだった…。
と言うより、これが始まりのための始まりだったとはこの時は全く思わなかった。
こんな事は二度とごめんだわよ!!と思っただけだった。
そしてお母さんの家を後にして、私は自分の家へと帰って新しい辞書を暫く読んでいた。
お母さんとは電話で話しながら辞書の話をした。
その中で、たまに、
『あなたも辞書を読むなら教えてもらわないと絶対に理解出来ないよ!辞書は難しいんだから!』
と言われていたけど、それだけは拒否をした。
宗教に関わりたくはないので、独自でいいと思っていたから。
しかしお母さんは、
『いずれ宗教の人があなたの家に来るから、その時は諦めなさい。見つかったらしょうがない。この宗教だけは違うから…。』
と訳の分からないことを言うばかりだった。
そして今ではお母さんも「辞書」と呼ぶようになった。
「辞書」と言うだけでは伝わらない時は、
「聖書の辞書」・「国語辞典の辞書」
と言うようになった。
訳の分からない言葉に聞こえるかもしれないけど、私とお母さんの間では伝わる共通語となった。
作品名:辞書。始まりのための始まり。 作家名:きんぎょ日和