辞書。始まりのための始まり。
今は何時だろうと思ったけど、布団から手を出して枕元の携帯を取る勇気がない…。
でも何時だろう…。
そのやり取りを心の中でしばらく続けた。
意を決し携帯を取った。
何事もなかった。
ホッとして携帯の時計を見た。4時くらいだった。
「後1時間もすればじいちゃんが起きる。そしたら寝られる。」
そう思った私は布団を被り刺さる視線に耐えながら、流れる汗にも耐えた。
少しウトウトしたのかじいちゃんの起きた音が聞こえた。
そして安心して私は眠りに就いた。
そして日が昇り、起きた私は夜中の出来事をお母さんに話した。
お母さんの口から出た言葉は、
『だから辞書を持って寝なさいって言ったのに…。』
だった。
私はそこじゃない気がした。
お昼ごはんも食べて、お母さんがキッチンで後片付けやらしていたので、私は自分の寝る部屋に行ったり、お母さんの飼っている金魚に話しかけたりしていた。
そしてまた寝る部屋に行った時、こんなにも天気が良いのに太陽の日は気持ちよく部屋に降り注いでいるのに、あの軍服がいた。
私は、
「えっ!!」
と後ろにたじろいでしまい、軍服の人と目が合ったまんま、
『まだいるの?!昼間やで~っ!!』
と言って、何を間違ったか軍服の人にゆっくり近付き顔を覗きこんでしまった。
するとその人の片目と私の目がしっかり合ってしまった。
おかしなことに軍服の姿は動かず目だけが私からたじろいだ。
私は怖さを忘れてしまい、
「あれっ?!」
と首を傾げ、また覗いてみた。
そしたら、向こうからまた同じ目が片目だけ、軍服の人の目から覗いた。
私と目が合った瞬間、軍服の人がパサッと床に落ちて、後ろから汚らしい色、それはなんと言い表したら良いだろうか、全身カーキ色のような黄土色のような少し深緑も混ざっているようなそんな色の痩せ細った男の子が現れた。
その男の子の下を見たら床に落ちたままの軍服の男がいた。
軍服の男と言うより、全身タイツのようなペラペラしたものだった。
顔を上げると、男の子は私と目が合い驚き固まってしまっていた。
私も負けじと驚き固まってしまった。
目を見開き瞬きはしない。大きな目だけど黒目の部分は5ミリくらいに感じた。
殆ど白目で、目の大きさは直径で言うと5センチほどに感じた。
白目とは言っても伝えるためにそのように言っているだけで、白目も黒目も全て一色のフィルターを通した色で見えていた。
服装はちゃんと覚えていなくて、ボロ布をまとっている感じで裸足だった。
手の指は細く長く、溶けていきそうな尖った指先をしていた。
イメージして言うならば、魔女の指先…?!という印象。
しばらくして我に返った私は、その男の子の横を通り走って、
『お母さ~ん、お母さ~ん!!』
とお母さんの元へと走って行った。
キッチンにいるお母さんに今の状況を話したら、疑いの目をして、
『…軍服の人が下に落ちた…?!…後ろに別の人がいた…?!…そんなのは誰も見たことはないよ!あんたの見間違いじゃないの?!…そんな話はしらない。』
と言われたので、
『じゃあ、今見たのは何っ?!お母さんも来て見てよ!!まだいるかもしれないから。』と言って、お母さんを連れて行った。
その男の子は全身タイツの軍服を落としたままその部屋にいた。
『ほら、そこにいるよ!』
見続けるのは怖くてチラチラ見ながらお母さんに伝えた。
『軍服もそこに落ちてるし…。』
と私は顎で指した。
お母さんは眉間にしわを寄せて、私が指してる場所を見ては私を見てと繰り返した。
『どこにも見えないよー。…どの辺?!』
『そこそこ。今も目が合った。』
『…ん~…。あんたが嘘を付いてるとは思わないから、確かにそこに何かがいるんだと思う。…けど、お母さんにはもう見えないから言われても分からん。』
『えーーーっ!!じゃあどうしたらいい?!』
と私はそのカーキ色の男の子とお母さんを交互に見ながら叫んだ。
その男の子も私達を交互に見ながらこっちの話を聞きながら驚き戸惑っていた。
『お母さんには見えないからあんたが頑張りなさ~い。お母さんは台所の片付けがある。』
と言って、その部屋から去って行った。
私と男の子は目が合ったまんま部屋に残された。
『…待って~。』
と男の子と目が合ったまんまお母さんを追いかけ部屋から出て行った。
お母さんに話し続けても見えないし状況も分からないし…で聞く耳持たずだった。
私もお母さんが行動を起こさないからその日は諦めた。
次の日になっても男の子はいるのでどうしたもんかと考えた。
大体どこからやって来るのか…。
お母さんに聞いてみたけど、
『見えもしないのにどこから来るかなんか分かるわけないし…。』
との答えだった。
私が見つけてやろうと思った。
『お母さん、私がどこから来るか出入口見つける!やったるで~!!』
との掛け声に、
『お~、そらぁ~頑張りよ~。』
と言われたので、
『頑張るでぇ~。』
と答えて、目で見て探さず感じ取ろうと集中した。
廊下が怪しいと思った私は、廊下全体を見渡した。
廊下を突き当たった壁が歪んでる感じがした。
怪しい…。
『お母さん、廊下の壁が怪しい…。』
とまたキッチンで片付けをしているお母さんの耳に吹き込んだ。
『ん~、廊下の壁かぁ~…。お母さんはねぇ、その壁の隣の部屋の仏壇が怪しいと思う。な~んか前を通ると嫌な空気を感じる。』
『えっ?!壁じゃなくて仏壇??…でも壁が歪んでるよ…。仏壇かぁ~。』
と私が独り言のように呟くと、
『壁も出入口かもしれないから、どっちも。』
と言われた。
『分かった~!仏壇チェックしてくる!!』
『はい、頑張っておいで~!』
と背中にお母さんの声が届いた。
仏壇の部屋に行って、まずは全体を見渡した。
『お母さ~ん、どの辺?!』
と廊下を挟んでキッチンなので、仏壇から目を離さずに聞いた。
『え~っとなぁ~。お母さんは仏壇にある仏像が怪しいと思うの~。』
『分かった~!仏像な~。』
と答えて、仏像に近づいた。
それは20センチくらいのよく見かけるような仏像だった(と思う。仏像などに詳しくないので…。)。
何かあるかと全体的に見たけど分からず、しかし何かあるような…。
で分からないので顔にグッと近づいてみた。
仏像のめんくりたまが歪んだ気がして、あれっ?!と思って、もっと近づいた。
そして、黒目の中に動くものが見えたので覗きこんだ。
そしたら男の子にそっくりな姿をした汚らしい人が、向こうから片目を軸に覗きこんでいて、私も同じく片目を軸に覗きこんだらその人と目が合って、私も相手も、
『うわーっ!!』
と声は聞こえはしないけど驚いて、向こうが一瞬早く後ずさった。
『お母さーん、お母さーん、お母さーん!!』
と私は慌てて隣のキッチへと叫んで行った。
『何があったの?』
とたんたんとしてお母さんは返した。
慌てている私は、
『お母さん、お母さん…。仏像の半眼の目の中…。半眼の中こうやって覗いたら、向こうからあの男の子に似た人が、こうやって覗いてきた。…あっこやで、あっこやで…出入口。』
と私は指さしながらモノマネしてどうにか伝えた。
さすがのお母さんもみるみるうちに目が見開いて、驚いて、
作品名:辞書。始まりのための始まり。 作家名:きんぎょ日和