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私の読む「宇津保物語」 國 譲 中ー3-

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「この日頃ご気分が優れないとお聞きしましたから、どうかしてお見舞いに上がりたいと存じましたが。私も同じように気分が悪う御座いまして、ご気分が悪いことを承知していながら失礼をしています中に、貴女は大変に遠い桂にお出でになられたので、七瀬の旅でありますね、

 もろともに朝夕わかず禊せし
早くの瀬々に思ひ出らるゝ
(御一緒に朝も夕も禊ぎをした昔の七瀬の祓いが思い出されて懐かしい)

 忘れ難いものです」

 追伸として
「これは失礼で御座いますが、此所にいる今宮が食い初めを致しました、その食べ物を一宮が犬宮に上げたいと申して差し上げるものです」

 文を読んだ弾正の宮は、その文と贈り物を持って少し酒が回っている姿で、姉の一宮にお渡しになる。

 一宮と姉妹の宮達が贈り物を見ると、一つは食べるものでなくて綺麗な品物、もう一つは食料であった。二つとも広げて宮達は食べたり玩んだりする。

 弾正の宮
「ご返事は私に書けと仰せですか。・ではご返事を書きましょう」

 一宮が何も言わないのに空答えをなさりながら「それでは」と一宮に言うので、一宮は

「まあ、みっともないことを。お使いが見えているではありませんか、その文を此方に渡しなさい」

 弾正の宮はとぼけて
「御気分がお悪いのではありませんか」

 二人の遣り取りを見ていて仲忠は可笑しくて笑うのを見て弾正の宮は

「さあ。、宣旨をお書き申し上げましょう」

 と、言って書き始める。

 弾正の宮は姉の一宮の代筆で、

「自分で文を認めるのが、なおまだ、筆も持てない状態です。毎日がこのように気分が優れません。今朝は意に反して外出を余儀なくさせられました。

 禊せし瀬々の瀧つ瀬思ひ出でば
      我が衣手もわすれざらなむ 
(昔御一緒に禊ぎをしました七瀬の瀧の瀬を思い出してくださるならば、私のことも忘れないでください)

 思いはそれに優るとも劣りません。

 犬にと頂いた物は「子供のお陰だ」と申して仲忠が一人で食べてしまいました。どうして私には下さらないのですか。この事が妬ましい」

 と、書いて使者に渡そうとするので、仲忠は母の内侍督に、

「何か使いの者の禄になる物は御座いませんか」

 と、聞かれると、単衣襲の細長、小袿、袷の袴を添えて仲忠に渡す。

 仲忠はもって出て使者に被物として渡した。

 鮎の贈り物を届ける使者達は早くに帰ってきて、使い先の様子を兼雅に報告する。お礼の返事もある。中君の返事は、

「私も兼雅様と同じように、近いのにご無沙汰がちでありますが、どうしているか案じています。

 戴きましたお文はご自分で書かれたそうで、だから思うのです、この年頃は、

 わたの原余所になりにし魚とりは
      雲出づる原を誰か開けけむ  (海原に行かなくなった魚取り(兼雅)は「天の河原に釣りする」と仰るが、その天の岩戸を誰が開いたのでしょう)

 誰にもやるなという仰せは、いかにも私だけにご親切ですこと」

 兼雅は読んで、
「あの分からず屋の中君はいつものように乳母にやって自分は一つも食べないのだろうよ」

 と、つぶやいて、これを御覧よ、と御簾の中に差入れる。北の方は読まれて、「本当に」と言われた。
 
 こうして各人に御膳が出される。新しい折敷で新鮮である。鮎を色々な料理の仕方で沢山客人の前に衝重して置いた。

 仲忠は一宮の所に行って、
「食事は食べられますか、何か持ってきましょうか」

 内侍典
「何も食べられません、氷水だけを飲んでおられます」

 仲忠
「なんと恐ろしいことを、病気に氷水は大変害になると言って避けるものであるのに」

 一宮
「そう仰るから余計に頂きたくなるのです。氷を戴かなくては食べるものはありません。
先に、忌むと言われて食べるものも食べさせてくれなかったではありませんか」

「なんと食べ物で駄々をこねるのですね。医師がいるから聞いてみましょう」

 仲忠は典薬頭(てんやくのかみ)に問うと、

「食事を摂られませんか、水はよろしくありませんね」  

仲忠が医師の言葉を伝えると

「なんと辛い事よ、大変暑い」

「団扇を持ってきましょう」

 と、言って、寝る場所を御殿の西の方の部屋に移した。その涼しいところで一宮は氷が欲しいと仰るので、氷を小さく割って、蓮の葉に包んで儀式に使う容器に入れて近江守女房が持参した。

 仲忠が受け取って、少量を一宮の口へ持っていくと
「やっと、気持ちが良くなったのに、余計なことをを仰って私を惑わしなさる。ここへ来なさるな、あっちへ行って」

 仲忠は笑って
「前にはそんなこと仰らなかったのに、物怪のせいだろうか」

 内侍典
「私は身ごもった方を大勢お世話を致しております。仁寿殿のお方、大宮のお方お二人の時は大変でした。」

 犬宮が這いだしてきて、積んである色々な物に掴まるので、倒れてしまい仲忠が、

「この人は、本当に悪いことをなさいますね。このようなことは女子がすることではありませんぞ。男が大勢いる中に女が出てくることはすることではありません」

 夜になる。灯籠を掛けて廻って部屋には大殿油を点す。亥の時に(午後十時から十一時まで)「お禊ぎの時刻になりました」と触れまわる。

 桂殿の内に祭壇を設けて、その壇の上から水を出して石畳の傍らの堰まで入れて、瀧のように落とすと、水は霊所の一つ大井川のように流れる。

 簀の子には御簾を掛けて、寝殿の母屋(もや)に設けた貴族休寝用の台。周囲に柱を立て帳を垂らすので帳台(ちょうだい)ともいう。天皇の特に高くしたのは高御座(たかみくら)という。それと同じように床を造り、屏風を立て回す。

 そこに姫宮三人がお出になり、内侍督は床を立てずにお出になる。高欄を背にして階段の前に大臣、宮達四人が座に着く。それぞれのお付きの女房達は、それぞれ位置を決めて座している。


 陰陽頭(おんようのかみ)は、はらへぐさ(祓種)、かたしろ(形代)、なでもの(撫で物) 、あがもの(贖物)祓い物総てを供えて祈る。神前の馬に、楮(こうぞ)の繊維を蒸して水に浸し細かく裂いて糸にしたもの。神に供えるぬさ(幣)や、しで(垂)にした木綿(ゆふ)を付けて参列させた。

 陰陽頭が禊ぎに使う形代は紙で作った人形である。それを手にして身体を撫でて諸々の災いを移して、身の代わりとして水に流したが、それは代用品で、元々は、着物を形代と言ったのである。

 そこで一宮を初めとして四人は衣を脱ぐ。一宮と二宮は、唐綾の掻練一襲、姫宮は小袿、内侍督は白の単衣襲、男宮達も脱がれる。

 宮達が禊ぎが終わると夜も更けた。一宮は和琴、二宮は箏の琴、内侍督は琵琶、他の宮達は几帳の後ろに座している。

 一宮は、
「几帳の中は暑い」

 と、言って禊ぎの時の簀の子の浜床に身体を預けて琴を几帳の外に押し出して琵琶を持つ。仲忠は、

「そこは場所が遠いですよ」

 一宮達の合奏が始まり、その音は習い始めの様である。