私の読む「宇津保物語」 國 譲 中
と、言う。鰹などはみんなに配り神前のお下がりと手にした。
そうしていると、年の終わり晦になって藤壺は本当に軽いお産で男の子を出産した。藤壺は目立った産気づいた様子もなく出産をしたので、誰一人心配をすることがなく、正頼・大宮は大変に喜ばれた。
難産では無かろうかと心配している中で、何事もなく出産されたので、生まれた御子を
大層可愛がられた。
春宮からの消息が始終行き帰りする。正頼は特別親しい仕人を召して、いろいろな料理を調じて他人では出来ないことを正頼自身で調理して藤壺に差し上げた。
大宮腹の子共達は内裏に昇殿をしないで藤壺の側にいる。正頼が自分でいろいろとするのを見て、
「何かお手伝いいたしましょうか」
と、言うと正頼は、
「お前達には産婦の扱い方がまだ分からないであろう。翁の私は多くの子供や孫の世話をした経験がある。産婦をこのような時に労ってやると器量が衰えないものである。春宮が心配なさるから器量が衰えないようにして参内させよう」
と、言って珍しい食べ物を藤壺に勧める。
立派な産養が諸方から贈られてきた。春宮より七日の祝いに、屏風、座、長持ち、唐櫃綾錦と色々な物が贈られてきた。文もあって使者は春宮大夫。
「度々の消息は拝見を致しましたが、藤壺ご本人ではないので気懸かりです。
案じた甲斐があって安産だったことを慶び、それだからと言って産後の色々なことをしないのは宜しくないので是非なさるように。
さてこの贈り物は、貴女のお使い物として大勢の親と成られた貴女を、愛おしく思っている気持ちです。今は一日も早くお会いしたい。出来ることならば、ほんの僅かでもご自分でお書きください」
大宮はお読みになって、
「春宮がこのようにお子を沢山持たれて、親としていろいろ気きを使われるのはお気の毒なことである。
『自らの給はねば覚束なくなむ』
と、仰せられるのだから、伏せたままでも文はお書きなさい」
と、言われると藤壺は承知した。
春宮への返事を書く。
「御文拝見を致しました。まだ筆を取る状態ではありませんが、『覚束なくなむ』との仰せでしたので伏したままで筆を執ります。
お産は心配いたしましたが無事に済みました。今日まではこうして平穏に申し上げることが出来ますが、明日からはどういう事になりますか。
旅人にと仰った私への贈り物は、私ばかりではなく、父正頼も大喜びで御座います。
他の事は触れないでおきます」
と、書き終わると、大宮は包んで、春宮の使者に、女の装い、供には禄を与えて文を春宮に差し上げた。
一宮から、藤壺へ、正頼へ、と生まれた第三皇子の衣とお襁褓、立派に整えて贈られてきた。菓子・肴などを盛る檜などの薄板を折り曲げて作った箱を折櫃(おりびつ)、それに少し黄色がかった絵を描いて、金銀の銭を入たのが添えてある。
海の洲が大きくなり、海岸線に曲線的な出入りのある浜辺を州浜と言い。洲浜の形にかたどった台、州浜台に岩木・花鳥・瑞祥のものなど、種々の景物を設けたものを饗宴の飾り物としたが、一宮から贈られた州浜台には瑞兆の鶴が例に従って置かれてあり、州浜に
ゆくすゑも思ひやらるゝいしにのみ
千歳のつるをあまた見つれば
(石の台に齢千年の鶴を沢山見ましたから、御子のために瑞兆だとお祝い申し上げます)
と、仲忠の筆跡で書いてあった。
源中納言涼の北方(今宮)はきちんと正式なお祝いをした。
以上は女の方々で、男の方は。
正頼の長男左衛門督忠純外男の兄弟はお産に掛かる色々な行事を総て差配しながらお祝いの品を贈った。各所から産養の祝いを贈られない者はなかった。
正頼大臣は外に出て祝いの客の相手をする。兄の故季明太政大臣が存命の時は客人として皇子達が幾人かお出でだったが、今回は季明在世中ほどでもないが、忠雅太政大臣や皇子達を除いて右大将仲忠を始めとして官位にある者が総て集まった。
春宮の殿上人は全員が祝いに集まる。下役の者まで全員が集合した。
このようにして、正頼左大臣が笛や琴を弾き始めると、仲忠が、
「このところ長い間お聞きしませんでした御演奏は、今夜のためにお止めなさっておられたのですね」
正頼
「若い人が怖かったので、音楽は聴いてばかりしていたが、今夜は幸いなことに音楽の達人は居ないと聞きましたので。仲忠も何か一つ演奏しませんか、私も合わせいたしましょう」
と、言って正頼は笙の笛を仲忠に渡す。そうして正頼は口笛を吹く。師純と涼は篳篥(ひちりき)その他の人は何人かが琴を弾いて、一夜遊びをした。
歌なども詠まれ、暁に全員が被物を戴いて帰途についた。
早朝、大宮は昨日頂いた物を各所に配られる。
このようにして九日の夜は、太政大臣忠雅が九日の産養に宮中の大饗の料理をお出しになった。彼方此方からの贈り物は当然のことである。
仲忠右大将の産養は、大きな海に臨む蓬莱山の下に亀が遊ぶ州浜を造り、亀の腹に香りの良い、衣服にたきしめる栴檀(せんだん)の葉や樹皮で作った香、衣香(えいこう)を詰めて贈ってきた。
山は香料の、黒方、侍従、薫衣香、練り香などを土に見立てて、小鳥と玉の枝が並んで立ててある。
海には四羽の色黒の鶴が立っている。四羽はしっかりと濡れていて、空に六羽の白鶴が羽を広げて飛んでいる。その鶴のふくらんだ腹には麝香と珍しい薬が一つ宛入れてある。
その鶴に、
薬生ふる山の麓にすむつるの
羽をならべてもかへる雛鳥
(不思議な薬が生える山麓に棲む鶴は、卵から孵って羽を並べている雛鳥です)
使いはどこから来たとも分からない中に、夕暮れに紛れて州浜を据え置いて姿を隠した。
涼中納言、玩具の色々を贈られた。九日の産養も七日のそれと同じように管弦を楽しんで、特に生まれた子の祖父、正頼主催の宴であるからうち解けた音楽会になった。
夜が明けると、早朝に場所を変えて翌朝の儀式を行った。参会者は衣服を改めて集合し、お産に熟練した宮中から派遣された内侍典はお産の始めからお産に関わって、恒例に従ってお湯殿の行事を実施した。
お湯殿の儀、は孫王女房に仕えている殿守が嬰児を抱えて湯を使わせる。
静寂の時、藤壺の前で色々と話をする中で内侍典は藤壺に告げる。
「多くのお産に私は立ち会いましたが、此処の産屋に参りまして感じましたのは、物が豊かで賑々しいのはこちらでした。
宝物が降るように派手で面白く張り合いのあったのは犬宮ご出産の時。この度の第三皇子のご出産の場合は産屋はこうありたいと思うように清らかでありました。
兵衛督殿の産屋は面白くなくて、。偉く儀式張って大層賑やかでありました。被物は清らかで総てが七宝のように見えました」
藤壺
「一宮の犬宮出産の時は、何か変わった珍しい感じはありましたか。世にも稀な仲忠様がお出でで総てに目を光らせておられたことであるから」
「仰せの通りで、犬宮が生まれるとすぐに仲忠様は舞をなさったことから始まって次から次へと面白いことが続きました。
作品名:私の読む「宇津保物語」 國 譲 中 作家名:陽高慈雨