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私の読む「宇津保物語」 蔵開きー1-

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「その児は、すばらしい物を手に入れたものだな。女の子かその児は」

「左様でございます」

「ところで、仲忠はどう思っているのか、可愛いと思っているだろうか」

「さあ、はっきりとは知りませんが、どう思っているのでしょうか。児が生まれるとすぐに懐に入れて喜びの舞を舞ったと言うことを聞いています。その後は夜昼無く一日中懐に入れて離そうとしないそうです」

 帝は笑って、
「仲忠は満足しているのだな。どういう訳か知らないが、仲忠一族は女も頭がいいそうだ。

 仲忠に何か祝いをしてやらなければ。それで、九日目の夜の宴会はどのようにしたのか」

「琴三台を調子を合わせて、一つずつ演奏しました。一同の中には、琵琶を演奏する者は一の宮、下さった和琴は、嵯峨院から大宮に授かった『きりかぜ』という名の琴です。そうして、女の中に入って笛を奏したのは、奥にありました三つの笛をおのおのが持ち、仲忠自身は横笛(おうじょう)を吹いておりました」

「それは素晴らしかったであろう。何事も心を込めてしたことは、この児が可愛くてたまらないからである。自分の琴の手を伝えようと思っているのだろう」

 正頼は、
「仲忠はそうのように申していました。『この習い覚えた手、琴の秘曲をどうしようかと思っていたところに』と、申しておりました」

 帝、
「琴の手法は限りないものだ。仲忠は女の子を授かって得意満面なのであろう。新たに出てくる音楽の家なども、満更に思われるほどの技倆であれば、その家に位を授けても当然のことである。

 和琴、琵琶は誰が弾いたのか。笙の笛は誰が吹いた」

 帝は詳しく聞かれる。正頼は

「笙は弾正の宮でございます。琴は誰それ皆が弾きまして、それでも曲の音が一糸乱れず上手く弾かれました」

「そういう合奏に、出産したばかりの一の宮が、寝たままで琵琶を弾いたのかな」

 と言って笑われる。帝は、

「仁寿殿の和琴が上手いという評判である。何もかも素敵な夜だったようだね。聴きたかったな」

と言われる。やがて正頼は内裏から退出した。


 あて宮の兄である宰相中将祐純が、妹の藤壺女御の許を尋ねて、女一の宮の産養の祝いのことなどを話をする。藤壺は、

「宮は却って良かったと思いますよ。人々が奥ゆかしいと思う仲忠と結ばれて、競争者もなくお一人で暮らしておいでですもの。

 私こそ、東宮の寵を得ようと、競いあう虫けらのような妃達に囲まれて、いつも憂鬱で、慎んでいなければならないような告げ口を東宮に常にされて、東宮の様子も今ひとつ晴れやかでない。何かと面倒なことが起こりがちなんで、目を合わせることもない。

 私が不機嫌な様子をお見せするので、面白くないと思われるのでしょう。こんな気持ちでいますので、私は里にいた昔の生活が恋しくて、長く生きるわけでもないのに、どうしてこんな宮仕えをさせられるのだろう、と思うと心の中が曇ってしまい悲しいことばかりを考えてしまいます」

 宰相祐純(正頼の三男)は妹の藤壺に

「そういうことを言うのは平常心ではないことです。春宮は御性質も御学問も特に優れておいでです、管弦の腕も他の人には負けてはおられません。

 宮仕えをする人は、競争する者が多いのがよろしいのです。他人を羨むのは良いこととは言えません。

 入内をする前に、貴女に懸想した男の中に心を止める者がいましたか。仲忠でしょう。だから身分が低いけれども文通なさったのですね」

 あて宮
「仲忠は、綺麗な文字を書かれたから。見たくて」

「今はご覧になりませんか。少し成長しましたね」

「見ましたよ、一の宮に文を送ったら、仲忠が代筆で文をくれました」

「それではその文を見せてください。拝見いたしましょう。その文面には仲忠が貴女に打ち明けたことがあるのでしょう。

 昔、入内前に男の人からもらった懸想文のなかのどれかには、心が止まった文がある」」

「そのような人はいません。誰も。実忠は今でも恨み言を言ってきます。本当に私を想っていたということです。本当に私を誠実に想ってくれた人は他にいませんから、実忠様だけですね」

「兼雅は拒絶なさったから、文は来なくなったのでしょう」

「そうでなくても、仲忠の母お一人だけというお方ですから」

「仲忠は一の宮との結婚を渋っていたが、父正頼の説得で承諾したのだ。今はご夫婦仲良く、昨今はとても睦まじいという評判である。このまま二人は成長して行くであろう」

「仲忠は久しくこの辺に現れませんね。藤壺には月の宴の時に言葉をかけておいでになりました」

「それで、今もお文の遣り取りなさるのは感心しませんね。人々が悲しむのを増すbかりです。弾正の宮もやっと諦められたようです」

「もう一つ私には人に知らせずに心の中で大変悲しく思うことが一つあります」

「何事ですか。もしかすると私が様子を見ていることですか」

「どうして、貴方がご存じなものですか、どなたもご存じありません」

「いいや、ちゃんと分かっています。申し上げましょうか。仲純のことではありませんか。私はずっとそう思っていました。貴女のために、生き方を間違えた弟です」

「いつも夢に見るのです」
 と言うや、あて宮は泣き出してしまった。
 祐純も涙を流して、
「私も話をしようと思っていたがその機会がなく、いつも人がいてうるさかったもので話ができなかった。どのような時に、なんと言われたのですか」

「さあ、一生懸命恥を隠しておられたのを。草葉の陰でもまだ言っているようです」

「大勢兄弟がいるが、その中で私を選んで親子の契りをしたんだから、そう思うのも無理はない」

「知っていらっしゃるのなら、何も隠すことはないでしょう。まだ幼少の頃箏の琴を教えてくれましたが、何となく感じるものがあり、思いもかけない様子を見せることがありました。

 そうして、その後泣いて私を恨まれたが、知らぬ顔をしていました。

 春宮の許に入内した後で、このような文をもらいました」

 と、あて宮は文をい取り出して祐純に見せる。

「この文が私の手元に届くと、まもなく亡くなったという知らせがきました。このことを自分が一人だけで胸に仕舞っておくのが辛くて」

 と、また涙を流して泣く。祐純は、

「仲純は心が堅い男であったから、自分の身を亡きものにしてまでも言葉に出さず、訴えもしないでしまったのですね。

 私が仲純の後生を弔う営みをしましょう。私も、あて宮が春宮の許にあがる以前の秋頃に、あて宮のような女を妻にしたいものだと思ったこともありました」

 と言うと、あて宮は笑って
「亡き人仲純のようなことを仰って。仲純は思い詰めたこともあったのでしょうが、はしたない行動をしたこともありました」

「可哀想なことに」

 と、祐純はつぶやくように言って
「常にもこちらに参ろうと思うが、世間が煩いことになるばかりである。普段のことは普段のこととして、勿論、ご計画のことなどどうして仰らないのですか。女一の宮に贈られる物なども、相談していただかなかった」