kyoko
第二章 『揺れる想い』
「七時のニュースです。今日午後三時ごろ、大阪駅西口で異臭騒ぎがありました。では現場の片山さんどうぞ」
「はい、こちらは大阪駅の西口フロアです。現場は一時騒然としたものの怪我人はいない模様です。先ほど入った情報によりますと、異臭騒ぎの原因は何と数発の時限装置付きの発煙弾の模様です。警察と消防が現在も現場検証を行っていますが、現場周辺のカメラに、逃走する男女二人組とそれを追いかける男たちが数人が映っていた模様です」
村田君が帰宅した後、ニュース番組をつけっぱなしの事務所には、僕と理絵ちゃんだけが残っていた。『零式』の計画は当初予定していたトラブルも無く、今のところは順調に推移していた。つまり、『既に男の何パーセントかは既に男性としての機能を無くしている』ということになる。
「ねえ、俊介さん。最近こんな事件が多いわよねえ。これも無差別テロなのかしら」
少し悲しい顔をしながら、まだ書類整理をしている僕に声をかけた。だが、実はその書類の内容がこの時全く頭に入って来ていなかった。なぜなら……三日前に杏子さんの書き込みを見てしまったからだ。
そこには【三日後、結納があります。けど、彼らの思い通りにはさせない】と書いてあった。杏子さんは何かをするつもりなんだろうか。僕は焦り、ここ数日気が気ではなかったのだ。そして今日が――その三日後にあたる。
「ん? 何か言った?」
「もう! ちょっとこれ見て下さいよ」
理絵ちゃんの言葉にテレビの画面をじっと見つめる。
「いま、監視カメラの映像が警察から公開されました。男女二名とそれを追いかける男たちがこの映像に記録されています」
この時何か虫の知らせのようなものがあり、僕はテレビを食い入るように見つめる。画面は少し不鮮明だが、逃げる女性の姿が一瞬だけアップになる。
「え? 今の」
「きょ、杏子さんじゃん! あの人こんなところで何してんの?」
いま見たものが気のせいでは無かったと確認するように、お互いしばらく顔を見合わせた。
「ちょっと髪型が変わっていたけれど、間違いなくあれは杏子さんだ。じゃあ後ろを追いかけていた男たちってひょっとしたら……」
「何か心当たりがあるの?」
「実は、理絵ちゃんに話さないといけないことがある」
ここで杏子さんが逃げている理由を話す。同時に、杏子さんのSNSのページを時々見ていたことを告白した。
「なるほどねえ。一言で言うと、杏子さんは結納をブッチしたって訳か。やるじゃん! 杏子さん。でも……無事に逃げ切れたのかしら」
「いや、まさに途中って所だろうな。実は僕もいろいろ手は打っていたんだ。でも如月組の中枢にはなかなか近づけない。暴力団同士の抗争が激化している影響で、ガードが異常に固すぎるんだ。だから、これは杏子さんを助ける千載一遇のチャンスかもしれない」
「うん、じゃあさっそく準備しないとね。後の事は高山さんと冴子さんにまかせるように電話で手配する」
「悪いな。とりあえず今から急いで大阪に向かおう」
「そうね。でも……彼女と一緒に逃げている男の人は一体誰なのかしら。俊介さん、心配じゃない?」
受話器を取り上げた姿勢のまま、少しいじわるそうな眼差しでこちらを振り返った。
「分からない。けどまずは何とか彼らに接触する方法を考えないとね」
理絵ちゃんの言った言葉に少し不安な気持ちになりながらもスーツの上着を取ると、僕は彼女を連れて足早にオフィスを飛び出した。