私の読む 「宇津保物語」 初秋ー2
絵師は、王昭君に劣る六人の妃を本人より劣る容姿に描き、優れた王昭君一人を美しい上に更に美しく描いて、胡の國の武士に見せると、
『この人(王昭君)を頂きたい』
と、言った。
天子は一度言ったことは変えない。ということで断らず、王昭君を胡の人に渡すときに妃は、胡の國へ行かなければならないと、大変に嘆いた。
妃は出発に当たり馬に乗り、胡笳の音を聞いて歎き、乗った馬も悲しみ嘆いた。
胡人が悲しみにせよ喜びにせよ、胡人の吹く笛の胡笳の音は悲しく漢の人には聞こえた。
このことを曲にしたのが、この、めくたち、である。それは馬の嘆きの声であろうか。
王昭君の歎きを見て帝が、たずなしあれば、手綱があれば取り戻しに向かいたいが、と思ったのか」
と、帝が話している北方の弾く琴の曲は、「このはら」に替わった。この替わった曲を帝が聴いて、
「今演奏する手法は、俊蔭の手と同じである。仲忠の琴の音は、聞く者を魅了して総てのことを忘れさせ、当座の楽しみには適切である。
北方の引く手は物の憐れを催し、有名な故人の音色を思い出させ、深い志の優れていることに気付くようになる。繊細であわれな趣は何処までもそなたの調べに偲ばれる。
忘れても あるへきものを 芦原に
思ひいづるの なくそわひしき
という歌がある。(古今和歌六帖2873)
いっそ忘れてしまえばそれまでなのに、芦原に鳴く音を聴いては恋しさ侘びしさが勝るばかりです。
ついでのことに、昔覚えられた曲も弾いてください」
帝は言うと、北方が弾いている琴を取り上げて、琴の調子を変えると、北方は従来からの手法はそのまま手を加えて、誰も聴いたことのない新しい手法を細かいところまで巧みに演奏した。
帝の北方への思いは更に深くなった。
北方は次々と演奏して、「このはら」曲に戻ると、仲頼と行正が合唱して涼と仲忠が詩を誦す、その声と北方の琴の音とが、現代の名人と、昔の名人俊蔭の手を伝承した北方の手と、昔と今の音が合わさって、しめやかに趣があること限りがない。
コメント
「仲頼、行正声を出して合唱しなさい」
と、帝が言われる台詞がある。仲頼はすでに山に入りこの場にいない、誰かと間違われたのでは。
と、私が原本としている日本古典文学大系の頭注にある。が、私は余りの見事な演奏で、帝の頭の中は混乱しているのではと考えて読んでいる。
帝は、
「このはら、の曲が哀で、その音が心凄いばかりに聞こえるのは、道理である。この手こそは、あの胡の國へ行った妃王昭君が、胡國と自分の國との国境で嘆き悲しんだ調べである。
誠に天皇の立派な正妃、しかも第一王妃が、そう言う辺境の武士のものとなった心地はどんなであったろうと思うと、その思いに勝る思いを悲しみを込めて北方が演奏されるのが、特別に美しく何とも言えないほど感動しています。
貴女の関守兼雅が居るので、このはら、に勝る悲しみの叫びを上げたい気持ちです。國境を出た妃に関を通って帰国することを許さなかった武帝を酷い男と軽蔑なさるでしょうね」
北方は、
「どんな関守でも帝を拒むわけには参りません」
帝
「近衛大将の兼雅がちゃんとお側に居られますでしょう」
この、こくはら、を一度は手慣らしをと低く弾いて、本番は心を込めて音高く演奏をすると、帝の側で北方の琴の演奏を聴いた人達は。男女を問わず、みんな涙を流して、哀愁の気持ちに浸った。
帝は北方に、
「さあ、何を今夜の褒美としたら良いであろう。お弾きになった多くの手に相応しい褒美は、考えが付かない。
涼や仲忠が紀の國、吹上で受けるはずであった九日の褒美はまだ与えていなかったな。八月になったら、近衛司の正頼左大将に、『禄を早く』と催促しなさい。
さて、北方への今夜の禄はどうしようか。涼や仲忠のはさておいて、北方には私を差し上げようと思うが、私を獲物となさらぬか。仲忠中将には、紀の國の褒美として娘を与えよう」
と、前にある日給簡(ひだまいふだ)を取り上げて、兼雅北方を、内侍督(ないしのかみ)に任命すると書いて、その上に、
めのまへの枝より出る風の音は
かれにし物とおもほゆるかな
(眼の前の枝から起こる風の音は、実に上達したものだな)
と書かれて、上達部たちに、
「みんなはこれに署名して、北方に与えなさい」
と、言われて渡された。左大臣がこの簡を見て、
「誰の任命書なのか、まるで見当が付かない」
と、考えるが帝自ら書かれたことなので、自分も署名をした。左大臣従二位源朝臣季明、と書き付けてその脇に、
風の音は誰もあはれにきこゆれど
いづれの枝と知らずもあるかな
(琴の音は皆さんと同様に誠にあわれと伺いましたが、何方の筋でございましょう)
どうも合点がいかぬ宣旨で御座いますな。
書き込んで、右大臣に渡した。右大臣は、見て、
「不思議だな、現在の所非の打ち所がないという琴の名手で尚侍になれる様な人は見当が付かないが、この人は昔の琴の名手の一族の人なのだろう」
と思いながら署名をした。右大臣二位藤原朝臣忠雅と記入して、このように、
たけくまのはなわの松はおやも子も
ならべて秋の風は吹かなん
(武隈の鼻先の松の親子を並べて秋風が吹くように、北方も仲忠も揃って琴を弾いてくれるといいが)
と、書いて左大将に渡す。左大将正頼が見ているとその周りの人も集まってきて見る、
「これはどうしたことか」
「では伺ってみよう」
右大臣は
「私にも分かりませんが、あるいは、仲忠の母ではないかと思いました。そうは思われませんか」
「なるほど、そうとは思いもつきませんでした。それにしても、上手く考えられたものです」
と、正頼は署名をする、大納言正三位兼行左近衛大将陸奥出羽按察使源朝臣正頼と記入して、
花わより吹きくる風の寒ければ
むべもこまつも涼かりけり
(はなわの松風が寒いので、成る程それで、小松の蔭は涼しいのですね、母君のお陰で仲忠も琴が上手いのですね)
と書いて右大将に渡す。右大将は読んで、
「おかしい、これはどういう事か。私は分からない」
と言う。帝は
「そなたが別に変だと思うようなことではない。分からなくてもそのまま、早く署名をして」
右大将兼雅
「かけろうです、はっきり致しませんと」
帝
「疑って突き止めようとするから、捉え所がないのだろう」
従三位守大納言兼行右近衛大将春宮大夫藤原朝臣兼雅と署名して、
ふきまさる松より出る風なれや
ことなるなみの涙おつるは
(段々強くなる松風のために、後から後から打ち寄せる波のように涙がこぼれる事よ)
と、記入して民部卿に渡す。
コメント
典侍(ないしのすけ)
(テンジとも) 内侍司の次官。もと従六位相当、後に従四位相当
内侍司(ないしのつかさ)
作品名:私の読む 「宇津保物語」 初秋ー2 作家名:陽高慈雨