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私の読む「宇津保物語」第 四巻  吹上 下

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吹上 下

 このようにして、八月中の十日頃(二十日)に院の帝(嵯峨院上皇)が花の宴を催された。上達部に皇子総てが参加して詩歌・管弦・舞を楽しんだ。

 嵯峨院が、
「年の内で、草木の盛りは、秋ではいつ頃であろう」
 と、言われた。蔵人少将仲頼が、

「野の草木の盛りは八月の中、二十日頃、山の盛りは九月上旬の十日頃でありましょう」

「野と山では、どちらが見応えがあろうか」

「近いところでは、野は嵯峨野、春日野。山は、小倉山、嵐山でございましょう。草木は思いのままに成長したのは劣っていて見栄えのしないものでございます。人が近くにいて朝晩手に掛けて大事に世話をした草木こそ、姿や有様が見栄えあるものでございます。花や紅葉はそうではないものです」

「今年は不思議と木の葉の色が深く、花の姿も風情のある年だ。趣のある野邊に出て、鷹狩りをしてみようではないか」
 嵯峨院が言われる、仲頼が、

「仰せの通りの年でございます。木の葉は早々に色づいて、同じように露や時雨に曝されても趣が違うものでして、正頼大将が一族みんなで大原野に出ましたのにお供いたしまして、その野が逍遥(しょうよう)には丁度良い時期になっていました」

「それは大変に趣のあることだ。逍遥をするのは楽しみのあることである。その折に何か珍しいことでもあったのか」

「珍しいと言うほどのことは御座いませんでした。そうです、沢山の鷹の中に、珍しい小鷹が一羽いました」
 小鷹は雄の鷹のことである。

「仲頼の言う小鷹狩りを試してみようではないか。鷹狩りをするのによい場所を考えるように」

「私が今までに見ましたところでは、前に申し上げました紀伊國があります。世界十六の大国を探しても 紀伊の国のような所はございません」

「そうか、そうであろう、行って見たいものだ。誰もがその様なことを言うが、私はあのような遠方に出かけることが出来よう。思うに任せぬ身であるし、例にもないことであるから難しいことだ」

 と、嵯峨院が言われるので、右大臣忠雅(兼雅兄) 

「どうしてその様なことを申されます。例のあることで御座います。唐國の帝は狩りをすると、十日廿日も宮殿を離れられます。四五日の御旅程ならば大変結構なことでは御座いませんか」

 と、院に言われるので、嵯峨院は機嫌良く、「そうでもしようか」
 などと仰った。側に侍るみんなが、

「今が草木の盛りであります。草木が衰える前にご覧なさいませ」
 と言って。容貌の良い才のある者達を選び、嵯峨院は、

「九月九日の重陽(ちょうよう)の宴は、仲頼の言うあの紀伊の吹上でしよう」

 と言って、詩賦の試験に及第した文章生などが従うように命じた。

 嵯峨院は藤原季英(すえふさ)が勝れた学者であることをご存じで、この度の旅に供をするように仰せになる。大将正頼が装束、馬、鞍総ての旅の品を揃えてあげる。

 こうして、嵯峨院、親王、頭の良い姿良い殿上人みんなが従う。
 
 紀伊の国の種松、涼達が聞いて準備を急いだ。


 院の帝(嵯峨院)一行は九月一日に京を出立する。道中これと言って記述することはなく、紀伊の国に到着した。

 國境から吹上までの世話は申すことなく、一行の通る道筋を種松は金銀瑠璃で飾り付けた。

 吹き上げの宮に到着すると、西側の門を開いて、一行がお入りになるようにした。

 九月五日の申刻に帝の一行は全員、磨き抜かれて準備されたところに到着して、供の一同が立ち並んで入ってこられる帝を迎えた。

「二つと無い立派なところだ。どうすればこのような立派な住居ができるのだろう」
 と、帝は見回した。

 帝の御前にはものものしく体裁を飾ったお膳は当然のことで、お供の上達部、皇子達の前には沈、紫檀で作った衝重(つくがさね)に海山の珍味を総て載せて並べた。

 六位の近衛府の供、将監、大夫(六位の将監が五位に上がるが昇殿を許されない者)それぞれの階級に併せて立派な料理を出した。

 帝が箸をお取りになると次々に箸を取り、酒宴が始まる。涼は帝(嵯峨院)の御前に昇殿を許されて、帝は涼を見る。選ばれて帝に侍る者に比べて劣りはしない、と見ていた。

 管弦が始まり、帝は琵琶、仲忠に大和琴、仲頼に箏の琴、涼に琴を下賜されて、合奏が始まった。

 涼の様子は帝の前であるという憚り卑下することもなく演奏した。帝が、

「どうしてこのように見事に稽古をして弾くのであろう」
 といって、涼に、箏の琴を与えて弾かせると、これも上手く弾くのであった。そこらの上手な演奏者よりも勝っている。涼が琴を構えて帝の前に侍るのを見て、院の帝、

 昨日まで二葉の松と聞えしを
かげさすまでも成りにけるかな
(昨日までの評判ではまだ幼くて二葉の松だと聞いていたのに、蔭がさすほどに成長したものだな) 

 式部卿の親王(涼の異母兄)

 根をひろみかげもおよばぬ庭の松に
      枝のならぶぞうれしかりける
(根本が幾つも出て広いので、今まで父君の恵みも及ばなかった枝が、庭の松として列ぶのは嬉しい) 

 兵部卿の親王(涼の異母兄)

 昨日今日岸より生ふる松なれど
    すぐれてさせる枝にもあるかな
(やっとこの頃岸から生えて少し成長したばかりの松なのに、枝が特別勝れて見事ですね)

 こうして院の帝は重陽の宴を吹き上げの宮でお受けなされた。

 院の座す前を限りなく立派に飾りつけた。

 菊の垣、籬(まがき)の縦木は紫檀、横木は沈、結ぶ緒には五色に染めた糸と白糸とを打ちまぜた緂(たん)の組紐を使い、黄金の砂を敷いて黒方の練り香を土にした。 銀で菊を飾った。

 衰えかけた菊の花の上下の中に露のようにして紺青、緑青の玉を配置した。

 九日の朝早く菊の葉数を数えて涼が帝に差し上げた。菊に付けた歌、

 朝露にさかりの菊を折りてみる
    かざしよりこそ御代もまさらめ
(朝露に濡れながら今盛りの菊を折ってかざしに遊ばせば、これからの御代も末久しいことで御座いましょう)

 帝は詠んで、「真心が籠もっている」と思いになった。

 よそながら玉なすものは菊園の
      露の光を見るがうれしさ
(菊園の露の光が玉のように輝いているのを、それとなく見るのは嬉しい)

式部の卿の親王

 秋くれば園の菊にも置くものを
     わが身の露をなになげきけん
(秋が来さえすれば園の菊にも露は置くのに、どうしてまあわたしは、自分一人にだけ涙の露が宿ると悲しんだのだろう)

 中務の親王

 菊園にいくらのよはひこもればか
     露のそこより千代をのぶらん
(菊の園にどれほどの齢がこもっていたら、菊の露の底から千年も保つ寿命を受けることが出来るのだろうか)

 兵部卿の親王

 白菊のおなじ園なる枝なれば
     わかれず匂ふ花にもあるかな 
(同じ園に咲いた白菊の枝であるから、花は揃って匂っていますよ)

 左大将正頼

 白菊の千歳をこめてまつ園に
    のこれる露をたまとみるかな