私の読む「宇津保物語」第六巻 吹上 上ー2
「これは珍しいものだ。以前神南備女蔵人が産んだ子供があるということを聞いていた。女蔵人は上品で気の良く付く人であった。彼女の父親は位の低い者であったが、生まれた子供は物事を良く知る利発な男の子で、彼女は奥ゆかしい女であった。最近は噂に聞かないがどうしているのだろう。どのような子供であったか」
「誠に可憐なるお方で、仲忠朝臣に感じが似ています、見栄え良くて、気性、頭の良さを持っておられる」
「琴は特に上手いであろう」
「それを感じさせる弾き方です。仲忠朝臣と弾き合いしましたが、普通の演奏法で為さってました」
「誰と誰が紀伊に行ったのだ」
「仲忠・行正。供には、近正・時蔭・村蔭・安頼・貞松・員業(かずなり)・左右近衛司の将監・舎人達は近衛の司から選びました」
「粒ぞろいを選んだな。深い考えがあって、人選をしたのだな。みんなが集まってどんな楽しいことをして来たのだろう。我が国の内では国王こそ思うままの生活遊びが出来るのあるが、それでさえ吹き上げ宮のようには行かないのに、珍しいお方ですね」
「種松は、十六の大国から多くの小国まで、世界の方々の財宝以上のものを持っています。種松が申すには、
『種松の財をこの君(涼)のために使い果たそうと思うが、一枝を涼のために使おうとすると、二三千の枝が出来て山の上から下まで巌の上にも、涼のために一つの種を落とすと一、二斗の収穫があります』 と、いうように言っています
涼が京への土産と言って下さったものを御覧になってください」
と、言って仲頼は持参した涼から貰った、馬一頭、鷹二羽、銀製の馬その他細工物の玩具、旅籠を馬に背負わせ玩具の馬の中に人を入れて歩かせて正頼に見せる。
正頼は旅籠馬が珍しいと思い、娘の姫達の婿達を招き入れて、それぞれの子供達を(孫達を)並ばせて見せてあげる。仲頼は、
「そこにありますのは、あの涼から貰った土産の千分の一ほどです。このようなもの、動く舟・破子・透箱などは、私達三人だけに頂きました。このような玩具の他に実際に使うことが出来るのも頂きました。何も考えないで京を出発して向かったのですが、思わぬことに長者になって京へ戻って参りました」
正頼は笑って、
「自分も近衛府の尉となって、紀伊の国へお供させて貰いたいな」
そんなことを言っている時に、仲忠と良佐行正はそれぞれ正頼の許に使者を送って、内裏と東宮と嵯峨院へ、仲頼が話す土産物をそれぞれにお見せしようと思う、と正頼に知らせた。
行正は正頼の長子左大辨忠純を始め、馬、牛、鷹一つを、差し上げた。透箱は正頼北方の大宮に差し上げ、被物としていただいた女の衣装はあて宮の女房達に箱に畳んで入れて、それぞれに文を付けて贈った。下仕の女には縫ってない衣を各人に渡した。
仲忠は正頼に、車牛二頭、馬二頭、七男の侍従仲純に鶴斑(ぶち)の馬一頭、縁が金属で出来ている衣箱(置口)に被物で貰った女の装束で一番綺麗な物一具を畳入れて、もう一つの衣箱に美しい絹、綾などを入れ、大宮の娘に心を込めて、黄金の舟に貰った物を入れ、文を書いてあて宮に差し上げた。
あるゝ海にとまりも知らぬうき舟ぞ
浪の静けき浦もあらなむ
(荒海の中で泊まり所も分からなくて漂っている浮き舟が今の私の有様です。この舟に浪の静かな浦があればよいと思います)
あて宮やその他の姫等がその舟を見て、
「立派な珍しいもの」
驚いて見ていた。そうして皆さんが集まってわいわいと騒いで見ていて、あて宮は、
「このような珍しい立派なものですから持っていたいとは思いますが、私には勿体ないものです」
と言って、仲忠の使いの者に白張りの狩衣一襲、袴一具を渡して、返事を託した。
なみたてばよらぬとまりもなき舟に
風の静まる浦やなからむ
(波が立ちさえすれば、何処にでも碇泊する舟に、風の静まる浦などはありますまい)
と書いたものと贈られた舟を返されたので、仲忠は、
「どういうことである」
と、次のように詠んで、使いに返事は頂かないで帰るようにと言って、再度舟を持たせた。
さもこそは嵐の風は吹き立ため
つらき名残にかへる舟かな
(浪の静かな浦に置いて頂こうと思って舟を差し上げたのに、お気に召さなかったのでしょうか。嵐が吹いた様子ですね。その風のつれない名残で舟が此方まで来てしまいました)
使いは舟と共に歌を差し上げた。仲忠がいいつけた通りに使者はすぐに帰ったので、あて宮は、気の毒だからと、舟はそのまま手元に置いた。
姫達が集まっては舟を見て騒ぐことがいつまでも続いた。長女の女御の君(仁寿殿)はじめとして、子供達までに壷や折り櫃、袋を一つずつ頂いた。
正頼大将は、三人が差し上げた物の中から、娘婿達に、馬、鷹一つずつ裾分けして与えた。
正頼は妻の大宮に
「源宰相実忠に久しくあっていないな」
「この三月一日頃に御前の花を見てくると、お出かけになり、夜更けにお帰りになってから、何か悩みがあるのか参内も為さらない。侍所に籠もりきりですよ」
「かわいそうに、そんなこととは知らなかった。最近見えないので里へでもお帰りになったのかと思っていました」
正頼は仲頼に、女の装束一具、馬と鷹を持ってきた使者に白張り袴一具を与え。
仲忠、行正の使いに禄を与える。
北の大殿に透箱を持ってきた行正の使者に、摺り裳一襲与える。
仲頼は正頼の許から急いで内裏に向かった。
(吹上 上終わり)
作品名:私の読む「宇津保物語」第六巻 吹上 上ー2 作家名:陽高慈雨