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キモチのキャッチボール

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 タカシは、必死に思い出そうとしていた。
「ええと、……できないことは手伝ってくださいだったかな」
「ミキコちゃん、タカシくんの言ったことであってる?」
「その前に、できることは自分でしたいと言いました」
「そうだったね。まずは自分でやってみて、できなかったら、手伝ってもらうんだったよね」
 コウノ先生はさらに話を続けた。
「ミキコちゃんが、できるかできないかはミキコちゃんしかわからないよね。それなら、ミキコちゃん、どうすればいいのかな?」
「ええと、……伝えるといいのかな」
 ミキコは自信なさそうに答えたが、タカシは納得したようだった。
「そのとおりだね。ミキコちゃんの気持ちを相手にはっきり伝えることだよね。タカシくんもわかったようだね」
「それと、タカシくん。心配でむかえに行くことは立派なんだけど、ミキコちゃんの気持ちも考えないで、いきなりバケツを取って持ったんじゃないの?」
「そうです。だって、……」
「まず相手の気持ちを聞かないとだめ。いいですね」
「はい」
カワノ先生は、このあとため息を一回ついてから、最後の話に取りかかった。二人は疲れて、早く帰りたいと思っていた。
「ところでミキコちゃん、話を戻すけど、バケツを運ぶとき、教室で待っている人のことを考えた?」
「たぶん考えていなかったと思います」
「そう。それは残念ですね。おそくなったら、みんなに迷惑をかけることになるよね」
「……」
 ミキコの表情が急に雲ってきた。
「だって、少しぐらいおそくなってもいいと思ったの。……それと……前、先生がね、……計算の苦手な人は、ゆっくりでいいから、自分のペースでやりなさいって、言ったでしょう。……」
 ミキコの目には涙が浮かんでいた。
「ごめん、ごめん、ミキコちゃん。先生、そんなつもりで……先生が悪かった。先生、確かにそう言ったよ。それでね。今度から、『おそくなるけど、いいですか』って言ってみたらどうだろう? タカシくんにもさっき言ったけど、自分の気持ちを伝えながら相手の気持ちを確かめることが大切だよね」
 ミキコは、かすかにうなずいた。
「それとね、先生ね、ミキコちゃんがこんなにがんばってるなんて、ちっとも知らなかったんだよ。今日は、ミキコちゃんからいろいろ教えてもらったよ。ありがとう」
 ミキコは気をよくして、にこっとほほ笑んだ。

 話し合いが終わり、すっかりおそくなった。二人は先生に言われて、一緒に帰ることにした。
「ああ、つかれたあ。タカシくん、つかれたね」
「うん」
 タカシは気のない返事であった。
「なんか元気ないみたい。タカシくん、そうとうつかれたんじゃないの?」
「つかれてないよ!」
「じゃ、どうしたの?」
「……ミキコちゃんの気持ちのことなんだけど。……確かめもしないで、いきなりバケツを取って、……ごめん」
「何だ、そんなこと。もういいわ。私も悪かったわ。意地張って、ごめんなさい。わたし、意地っ張りで、家でもしょっちゅうしかられてるの」
「ぼくもそうだよ。……ミキコちゃんに謝ったら何だか急に、つかれてきちゃった」
「やっぱりそうでしょ。それと、……タカシくん、歩くのおそくない?」
「え? もっと速くてもいいの?」
 タカシはミキコが意外なことを言うので、驚いた。
「私の足に合わせてくれたんでしょう。でも、もっと速くてもいいよ」
「よかった。もっと速く歩きたかったんだ」
「わたしもよ。でも、ありがとう」
 ミキコはそう言うなり、急にげらげら笑い出した。
「ミキコちゃん、どうしたの? つかれすぎて、頭おかしくなったの?」
「ごめん、ごめん。そうじゃないの。先生が言っていた自分の気持ち・相手の気持ちのことを思い出したの」
 タカシは、まだ何のことかピンとこないようだった。
「一緒に歩くときにね。歩くスピードはこのぐらいでいいですかって、相手の気持ちを聞けば、こんなことにならなかったんじゃないかなって」
「何だ。そういうことか」
 タカシは納得したが、あんなにげらげら笑うこともないよなと思った。それから、少し考えてから言った。
「あのねえ、相手の気持ちのことだけど、いちいち聞かなくても、わかるようにならないかなあ」
「タカシくん、いいこと言うわね。……どうやったら、そうなるのかな?」
「う…ん、むずかしいなあ。たくさん考えすぎて頭がいたくなってきた。ミキコちゃんは、どう思う?」
「そうねえ。……わたしも頭いたくなってきた。また今度つかれてないときに考えようよ。それより、わたしお腹すいてきた」
「ぼくも!……キモチ、伝わったね!」
 二人は思わず笑ってしまった。
ミキコの家の屋根が見えてきた。

作品名:キモチのキャッチボール 作家名:mabo