月下美人
月下美人・・・それは月の夜
ほんのわずかな間、咲いて儚く散ってしまう
白い花・・・
うだるような暑さが、ここ横浜一面に降り注いでいた。
ゆきかう人の波を流水(るみ)は冷ややかに見つめ
またTea Cupを見つめた。
一人待つ夏の午後は空しい。
冷めかかった紅茶・・・
「ただでさえ人通りが多いのに・・イヤになるわ・・・」
と流水は呟き、時計の軽い響きにはっとする。
(2時・・・あついハズね)
時計に軽く、くちづけ白いブラウスを指ではじきディオリッシモの
香りを確かめる。
(それにしたって遅い・・・何故30分も・・・)
いらだちに耐え切れず立ち上がり伝票を取り上げレジへ向かう。
ふと、音もなく自動ドアがあき冷えた店に熱い風が入った。
「るみ・・・」
(総・・・)
「遅れて・・・ごめん」
(よかった、来てくれた)
「―何よ、呼び出しといて遅れて」
少し相手を困らせるようにしゃべるのは流水の癖。
「ふふ・・冗談よ、私も今来たばかりなの」
雅やかにるみは微笑み総はやりきれなさに顔をそむける。
(なんで・・・そんな風にわらえるんだよ・・・流水)
「私のマンションに行きましょ、あそこの方が暑い」
(いつも無口な人だけど今日はもっとだわ・・・総
―私なぜあなたがそんななのか知ってるわよ)
(あの人が帰って来るのね・・いいのよ、最初からわかってた
―そんな顔しないで)
キョウワタシノマンションヘイッテ「サヨナラ」ヲイウツモリネ・・・
自分に言い聞かせるように暗示にかけるように
流水は、胸の奥で何度もそう呟いた。
(さっきからソファに寝ころんで・・・眠っちゃったのかしら?)
肩にふれてみて暖かいのを感じてほっとする。
かすかに回り始めたファンの音が耳について離れない。
(そして・・・そしてやりきれなくなったら・・―)
あたりはやがて夏の中にとっぷり暮れて
ビルの谷間からわずかに星がきらめき、心なしか
軽くしてくれているようだった。
車のライトが時折、部屋をかすめる。
灯りもつけずに、二人はいた。
(るみ・・・俺達最初から遊びのつもりでつきあってきた・・・
俺が別れたいといえば君はすんなり‘YES’と答えるだろう
だけど俺は知っている―――君は君は・・・
見せかけと違うって事を・・・
誰もいない時に声を押し殺して泣くんだって事を・・・。)
総はあの雨の日の出来事を想いかえしていた。
(1年も行くのか)
信じてはいながら心の奥に何かがひっかかっていた。
けれどそれを隠してあえて総は言った。
「待ってるよ」
少女は泣きそうな顔をしてゲートを通っていった。
飛行機はエア・ポートをたち空へと吸い込まれていく。
総はいつまでもいつまでも小雨の降る空港にたち尽くしていた。
そして雨は土砂降りになり総は一人で飲んでいた。
(あの人さっきからメチャクチャに飲んでる・・・
こんな場所似合わない人なのに・・・何故?)
総はそこで流水と出会った。
「ねぇ あなた一人で飲んでるの?」
「・・・・・・」
うさんくさげに総は流水をを見つめプイとそっぽを向いた。
「となり、あいてるんでしょ?」
そういって流水は総の横に座った。
ティア・ドロップス型の真珠のピアス―軽くカールした髪
―シルクのレースのワンピースを着た美しい女―冷たい花
―遊び人―お嬢さん育ち―それらが流水に与えられた呼び名だった。
けれどそのどれも、本当の流水を言い当ててはいなかった。
「ほら・・バカね、飲めもしないクセにガブ飲みするからよ」
「なんだよ・・俺は酒くらい・・―のめ・・・るぞ―」
完全に酔いつぶれてしまった総を肩に抱いて
流水は自分のマンションへ連れていった。
総をソファへ横にして眠る顔をずっと見ていたが、
総も自分もずぶぬれなのに、気づき服を着替えはじめた。
(―寝てるわよね・・)
ふと後ろを振り向くと、総は流水をじっと見つめていた。
ギクッとして流水はとっさに服を体にあてて隠す。
総は立ち上がり、突然、流水の腕を引いた。
「な・・・」
言おうとした言葉は口づけでふさがれ
力いっぱい胸を殴っても押さえつけられてしまう。
「いやよ・・!!や・めて・・・!!!」
その時の総には何を言っても無駄だった。
目覚めると唇が痛み、乱雑に乱れたシーツや洋服が昨日を物語っていた。
うつむいて唇を軽く手でおさえてみた。
窓からは半分開いたレースのカーテンに光がさして、
逆光に彼がベッドにこしかけているのが見えた。
「俺・・フランスに婚約者がいるんだ・・・」
(フィアンセ・・・?)
「昨日・・・行っちまったんだ、日本をたって」
淡い朝の光の中で総はそう言った。
光の中で総の肩が浮かんでいた。
白いカーテンがはねかえりきらめき光をこぼしていた。
ワタシ・ワタシハ・・・・アナタガスキダナンテイマサラ・・イエナイ・・
「ふふ・・バカね、あなたって本当に初心なのね。
遊びよ、私にとってこんなこと―――よくある事だわ―――・・」
ウソ・・ウソヨ・・アナタガハジメテ・・・ハジメテノヒト・・・
ワタシハ・・・ソウガスキ・・・
「ごめん」
それから時々、総と流水は逢ってワインを飲んで、
音楽をかけて時を過ごした。
ただそれだけだった。
流水の部屋の天井がいやに白いのが気になるのか、
総はいつも見つめていた。
横浜は都会 ビルの中。
空虚な白い時間は無情に流れるだけ。
(そうよ・・私には似合ってる)
そうして二人して眠った。
(今日まで来たわ、もう一年ね)
「やめ・・て総、そんなにあせらなくたって、私は逃げないわ」
するりと総の腕をすりぬけて
「ふふ・・ワインでも飲んで乾杯しましょう・・・最後の夜に」
サイゴノ・・・ヨル・・・最後の・・・夜。
総・・・ごめんね、今まであなたのこと何にもすくえなくて。
私 あの人のかわりにはなれない。
彼女とはちがいすぎる。
私はあの人のように花みたいに笑いながら、愛らしく〝愛してる〟
なんていえない。
私・・―あなたと遊んでいるようにみえる?
それでもいいわ・・・ぼやいてみてもしかたない。
私はそんな風な女だもの・・・
わずかな光にゆらめくワイングラス。
白ワインの匂い 甘く 部屋に漂う。
レースのカーテンがかすかな風に揺れる。
あれは都会の宝石なのか・・・遠くの夜景。
Yokohama City・・・・
ベッドにもたれかかってワイン・グラス両手で持って
流水は眼を伏せ呟く。
「総・・・こっちに来て」
立ち上がりワイン・グラス足で倒して白ワインがじゅうたんにしみこむ。
「ここにいて」
眼を上げると光ってみえた気がした。
かすかにふるえる肩、片手で抱いて、
スローモーションでくちづけする。
なれたかんじでキスして
ためらうことなどなく・・・・
絨毯の上に散らばる髪・・・・
(ふるえる体・・こんな風にしていいのか・・・?
それでいいのか・・・?)
ほんのわずかな間、咲いて儚く散ってしまう
白い花・・・
うだるような暑さが、ここ横浜一面に降り注いでいた。
ゆきかう人の波を流水(るみ)は冷ややかに見つめ
またTea Cupを見つめた。
一人待つ夏の午後は空しい。
冷めかかった紅茶・・・
「ただでさえ人通りが多いのに・・イヤになるわ・・・」
と流水は呟き、時計の軽い響きにはっとする。
(2時・・・あついハズね)
時計に軽く、くちづけ白いブラウスを指ではじきディオリッシモの
香りを確かめる。
(それにしたって遅い・・・何故30分も・・・)
いらだちに耐え切れず立ち上がり伝票を取り上げレジへ向かう。
ふと、音もなく自動ドアがあき冷えた店に熱い風が入った。
「るみ・・・」
(総・・・)
「遅れて・・・ごめん」
(よかった、来てくれた)
「―何よ、呼び出しといて遅れて」
少し相手を困らせるようにしゃべるのは流水の癖。
「ふふ・・冗談よ、私も今来たばかりなの」
雅やかにるみは微笑み総はやりきれなさに顔をそむける。
(なんで・・・そんな風にわらえるんだよ・・・流水)
「私のマンションに行きましょ、あそこの方が暑い」
(いつも無口な人だけど今日はもっとだわ・・・総
―私なぜあなたがそんななのか知ってるわよ)
(あの人が帰って来るのね・・いいのよ、最初からわかってた
―そんな顔しないで)
キョウワタシノマンションヘイッテ「サヨナラ」ヲイウツモリネ・・・
自分に言い聞かせるように暗示にかけるように
流水は、胸の奥で何度もそう呟いた。
(さっきからソファに寝ころんで・・・眠っちゃったのかしら?)
肩にふれてみて暖かいのを感じてほっとする。
かすかに回り始めたファンの音が耳について離れない。
(そして・・・そしてやりきれなくなったら・・―)
あたりはやがて夏の中にとっぷり暮れて
ビルの谷間からわずかに星がきらめき、心なしか
軽くしてくれているようだった。
車のライトが時折、部屋をかすめる。
灯りもつけずに、二人はいた。
(るみ・・・俺達最初から遊びのつもりでつきあってきた・・・
俺が別れたいといえば君はすんなり‘YES’と答えるだろう
だけど俺は知っている―――君は君は・・・
見せかけと違うって事を・・・
誰もいない時に声を押し殺して泣くんだって事を・・・。)
総はあの雨の日の出来事を想いかえしていた。
(1年も行くのか)
信じてはいながら心の奥に何かがひっかかっていた。
けれどそれを隠してあえて総は言った。
「待ってるよ」
少女は泣きそうな顔をしてゲートを通っていった。
飛行機はエア・ポートをたち空へと吸い込まれていく。
総はいつまでもいつまでも小雨の降る空港にたち尽くしていた。
そして雨は土砂降りになり総は一人で飲んでいた。
(あの人さっきからメチャクチャに飲んでる・・・
こんな場所似合わない人なのに・・・何故?)
総はそこで流水と出会った。
「ねぇ あなた一人で飲んでるの?」
「・・・・・・」
うさんくさげに総は流水をを見つめプイとそっぽを向いた。
「となり、あいてるんでしょ?」
そういって流水は総の横に座った。
ティア・ドロップス型の真珠のピアス―軽くカールした髪
―シルクのレースのワンピースを着た美しい女―冷たい花
―遊び人―お嬢さん育ち―それらが流水に与えられた呼び名だった。
けれどそのどれも、本当の流水を言い当ててはいなかった。
「ほら・・バカね、飲めもしないクセにガブ飲みするからよ」
「なんだよ・・俺は酒くらい・・―のめ・・・るぞ―」
完全に酔いつぶれてしまった総を肩に抱いて
流水は自分のマンションへ連れていった。
総をソファへ横にして眠る顔をずっと見ていたが、
総も自分もずぶぬれなのに、気づき服を着替えはじめた。
(―寝てるわよね・・)
ふと後ろを振り向くと、総は流水をじっと見つめていた。
ギクッとして流水はとっさに服を体にあてて隠す。
総は立ち上がり、突然、流水の腕を引いた。
「な・・・」
言おうとした言葉は口づけでふさがれ
力いっぱい胸を殴っても押さえつけられてしまう。
「いやよ・・!!や・めて・・・!!!」
その時の総には何を言っても無駄だった。
目覚めると唇が痛み、乱雑に乱れたシーツや洋服が昨日を物語っていた。
うつむいて唇を軽く手でおさえてみた。
窓からは半分開いたレースのカーテンに光がさして、
逆光に彼がベッドにこしかけているのが見えた。
「俺・・フランスに婚約者がいるんだ・・・」
(フィアンセ・・・?)
「昨日・・・行っちまったんだ、日本をたって」
淡い朝の光の中で総はそう言った。
光の中で総の肩が浮かんでいた。
白いカーテンがはねかえりきらめき光をこぼしていた。
ワタシ・ワタシハ・・・・アナタガスキダナンテイマサラ・・イエナイ・・
「ふふ・・バカね、あなたって本当に初心なのね。
遊びよ、私にとってこんなこと―――よくある事だわ―――・・」
ウソ・・ウソヨ・・アナタガハジメテ・・・ハジメテノヒト・・・
ワタシハ・・・ソウガスキ・・・
「ごめん」
それから時々、総と流水は逢ってワインを飲んで、
音楽をかけて時を過ごした。
ただそれだけだった。
流水の部屋の天井がいやに白いのが気になるのか、
総はいつも見つめていた。
横浜は都会 ビルの中。
空虚な白い時間は無情に流れるだけ。
(そうよ・・私には似合ってる)
そうして二人して眠った。
(今日まで来たわ、もう一年ね)
「やめ・・て総、そんなにあせらなくたって、私は逃げないわ」
するりと総の腕をすりぬけて
「ふふ・・ワインでも飲んで乾杯しましょう・・・最後の夜に」
サイゴノ・・・ヨル・・・最後の・・・夜。
総・・・ごめんね、今まであなたのこと何にもすくえなくて。
私 あの人のかわりにはなれない。
彼女とはちがいすぎる。
私はあの人のように花みたいに笑いながら、愛らしく〝愛してる〟
なんていえない。
私・・―あなたと遊んでいるようにみえる?
それでもいいわ・・・ぼやいてみてもしかたない。
私はそんな風な女だもの・・・
わずかな光にゆらめくワイングラス。
白ワインの匂い 甘く 部屋に漂う。
レースのカーテンがかすかな風に揺れる。
あれは都会の宝石なのか・・・遠くの夜景。
Yokohama City・・・・
ベッドにもたれかかってワイン・グラス両手で持って
流水は眼を伏せ呟く。
「総・・・こっちに来て」
立ち上がりワイン・グラス足で倒して白ワインがじゅうたんにしみこむ。
「ここにいて」
眼を上げると光ってみえた気がした。
かすかにふるえる肩、片手で抱いて、
スローモーションでくちづけする。
なれたかんじでキスして
ためらうことなどなく・・・・
絨毯の上に散らばる髪・・・・
(ふるえる体・・こんな風にしていいのか・・・?
それでいいのか・・・?)