ジレンマ
「おんちゃん、サンキュ」
茜ちゃんはゲーム台から飛び出した。
「君たちがここに通いつめてくれる唯一のお客さん達だからねぇ。こんな形で恩を返すほかはないよ」
「ありがとうございました。」
私も茜ちゃんの後ろからおんちゃんに感謝した。
「そろそろ、他の場所でもいこうか。」
白い壁にかけられたシンプルなことこの上ない時計を見ると、ちょうど5時を回ったところであった。普段なら地獄の授業時間が終わり、部活動が始まる頃だろうか。私は、一応テニス部に所属していた。もちまえのまじめさで、部活も試合も一切サボることなくテニスに励んでいた。だが、そもそも運動神経の良くない私は部内戦では中の下といったところだった。私たちの通う「木更津第一高等学校」は、通称キッコウと呼ばれ、勉強を重視する校風からか開校してから少しずつ成績を伸ばし、こんな田舎の高校から、いまでは東京の一流大学に毎年合格生を排出するまでとなった。
私たちは、マックでも行こう。という話しになり髭男爵を出た。
外は秋風が心地よく吹き抜ける商店街を赤く輝く太陽がライトアップのごとく照らしていた。この時間に商店街に来るのは久しぶりだった。勉強と部活に追われる忙しい毎日でこんな所を訪れる余裕などどこにもなかった。時間が商店街の中をゆっくりと流れて行った。
マックへの道を歩きながらふと隣にいる茜ちゃんを見た。
彼女と会ったのはほんの4時間ほど前だ。私たちはお互いの事を何も知らない。お互いなぜ授業をさぼりあの展望台にいたのか。どういった家庭状況なのか。何年の何組なのかさえも知らなかった。なのになぜかこれまでの人生を共にしてきたような親密感があり、授業をさぼってゲームセンターで遊んだという秘密を共有する仲間のように思えた。
「ん?どした?うちの顔になんか付いてる?」
「ううん。全然。それよりはやく行こっ。あかりん♪」