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私の読む「宇津保物語」第二巻 忠こそ

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 このように、忠こそを思い嘆いているのであるが、あの一条の北方も千蔭のこと思って嘆くのは劣っていない。「今お出でになる」と待ち続けるのであるが、千蔭の訪問はないので、彼の座る座を取り除いて一人で臥せている目の前の花すすきが折れて招くのを見て、北方は、

 待人の袖かと見れば花薄
身の秋風になびくなりけり
(待つ人の袖が招くのかと思ったら、そうではなくて花薄が自身秋風になびいているのだ)

 と詠うと、風が涼しく感ぜられて、さらに千蔭大臣に、

 もう、お出でではないとは思うのですが、このごろの歌に、
「もうお出でにならない、愛しい方は」
 と、みんなが歌われますが、申し上げなければどうしようも私の気持ちは収まりません、しかも今吹いている風が心細く感じますので

 我宿に時々ふきし秋風の
    いとゞあらしになるがあやしき
(私の宿に時々吹いてきた和やかな秋風が、甚だしい嵐になるとは不思議です)

 千蔭は読んで、なんと言っていいのか、

 秋来(く)とも木草の色しかはらずば
風のとゞまる花もありなん
(例え秋が来るとも、木草の色さえ変わらないならば、風の心がその花にとまることもありましょう)

 のんびりとお暮らしなさいませ。

 送った。

 北方は、それを見て
「いい加減なお気持ち、悲しく惨めなのは女の方。このようにすっかり捨てられたのだ。このような気持ちの人は、千蔭をどんなに思っても甲斐のないことである」

 白露に色かはりゆく秋萩は
たままく葛(くず)もかひなかりけり
(白露に色がうつってゆく秋萩には玉葛どんなにまといつこうと、甲斐ありませんでした)

 と言っておられた。

 北方の許に千蔭が通う日が七年ほど、その間に千蔭の歓心を得続けようと、北方が使った額は計り知れないほどである。

 その間に自分の財宝は使い果たして、底知れぬ貧困に向かって行くのに、北方に仕えていた人達は女は夫について去り、ある者は他家に仕えたりして北方の前から姿を消した。

 北方が今のように貧困でなく裕福な頃、礼儀がなくつかい憎い、と他の者よりも遠ざけていた、よもぎ、と言う名の下働きは残って、使用人が去って嘆く北方に、

「そんなこと言っている場合ですか、せめて私だけでも残ってお仕えしなければ、誰がお世話をするのです」

 と言って、北方の許にとどまって仕えた。

 御殿に残る者は居なくなった。かって、あの俊蔭が差し上げた琴だけが、全部売り尽くしてしまった中に、一つだけ残った。それをこのときの大将源正頼に、米一万石で売って、それも使い果たした。

絵解 これは一条殿が滅びる絵

 右大臣である千蔭は、精進潔斎して日を過ごすうちに、山里の人も訪れないような所に家を建てて住んでいた。

 新しく住んだ家は比叡、坂本、小野の辺りで音羽川が近くにあり滝の音や川の流れが淋しく聞こえてくるところであった。 普通の人でも淋しく感じるところであるのに、情けない気持ちで暮らし続けた。

 千蔭は、

「自分のような者はこの世に長く生きてはいけない者である、しなくてもよいことを、自分から進んですることではないのに、してしまった」

 と思い、最初に亡くなった妻のために、一切経の書写、多宝塔を造らせ、供養をした。

 自分の死後の法要を忠こそのために催した。

「忠こそ、この世に生きているならば、息災であれ。あの世にいるならば、彼の死後の道となれ」

 忠こそが居たときに使った物全てを供養として寺に納めようと、整理すると、忠こそが山に籠もろうと家を出たときに、琴に書き付けた文を見付けて、千蔭は驚き、絶句した。いろいろなことを思い出し考えた。

 そうして毎日誦経(ずきょう)して、

「琴だけはいつも側に置いて忠こそが弾いていた物だから、悲しくて目に触れたくない」

 と考えて、仏像を作ろうと、多くの部下に相撲の力士を集めさせて、琴を割ろうとするが、全然傷も付かない金属の物の上に露がかかったような具合である。

 どうしようもないと、考えていると、空が曇り雨が降り、雷鳴までして、この琴を巻き上げた。

 このような大供養をして忠こそを待ち続けているうちに、千蔭は子供忠こそを思い続けてこの世を去った。 (忠こそ終わり)