弁護士に広げたかった大風呂敷
1 その男たとえて言うなら
我が主
名はハン・ミングク
はてさて一体
どんな言葉を
どう尽くしたら
親愛なる
世の皆さまの
偏見を最小に
共感を最大に
主を紹介
出来るものやら
ない知恵しぼって
途方に暮れて
弱り切っての
苦肉の策
ときにこんな
“たとえ話”は
いかがであろう
…………………
とある洋上
ある日突然
「切符は無効!」と
宣告されて
沖にたゆたう
結婚という名の客船の
豪華な一等船室から
問答無用で
放り出された
男がひとり
命からがら
波間に浮かび
茫然自失も
覚めやらぬまま
世にも醜い
財産分捕り合戦の
波荒れ狂う
大海に
その日即刻
小舟で独り
漕ぎ出すことを
余儀なくされた
この男
恥辱と憤怒の
船出を前に
わらをもすがる
思いで雇った
その名も女弁護士という
さても因果な同伴者
腕は二の次
度胸を買って
男が無理やり
道連れにした
因果な水先案内人
男を尻目に
悠々と浮かぶ客船は
小舟を無視し
怒号を浴びせ
悔い改めて
ひざまずくなら
もう一度
乗せてやらぬでもないと
甘い言葉で
誘惑もした
かどわかされたと
憐れんで
案内人に下船を促す
その見栄えと言い
性能と言い
申し分ない
救助艇さえ現れて
長らくそばで
並走もした
そして何より
口さがないこと
甚だしい
興味本位の
世間の耳目が
嘲笑という黒雲で
二人の視界を
阻んだけれど
進むも退くも
地獄なら
なるようになれ
ケ・セラセラと
片方の手に
羅針盤
もう片手には
女の手首を
わしづかみ
飄々と
小舟に乗り込む
この男
いざ乗り出すは
裁判という名の
起死回生の
一大航海
しかも
男としての
体面賭けた
その舟旅の
成否のカギは
世の評判も
未知数の
小娘ごとき
案内人の
胸三寸
どう見てもそれは
傍目には
いかにも笑える
孤軍奮闘
かてて加えて
出帆当初
男の物腰はと言えば
「漕ぐのはおまえ
俺は客」
ふんぞり返って
指図ざんまい
鼻持ちならない
高飛車な客
「しくじるな
陸地の上で
野垂れ死ぬのも
趣味じゃあないが
嵐の海で
遭難なんか
まっぴらごめん
冗談じゃない」
しかし男は
時おかず
そして潔く
難破も座礁も
来るなら来いと
我と我が身の運命を
躊躇なく
その案内人に
すべて預けて
悔いなかった
皆さま
なぜだとお思いか?
そう
お察しどおり
腕はともかく
度胸に惚れて
無理やり
雇ったのみならず
いつしか
件の案内人は
男にとって
単なる水先案内人の
域など超えて
しまっていたから
いつしか男は
その女を
心底愛して
しまったから
以来男は
夜も日もなく
必死に風を
読んでやった
予期せぬ
激しい大波を
かぶるたんびに
舌打ちしながら
あらん限りの
力を以って
憎っくき水を
小舟の外に
かき出した
空と海と
ありとあらゆる
この世のすべてが
己の敵に回っても
唯一無二の
味方にして
有能な
その案内人を
逆巻く無慈悲な
濁流から
守ってやりたかったから
自分の強引さがゆえに
巨大な嵐の
真っただ中に
否応もなく
引きずり込んで
巻き添えにした
賢く愛しい相棒に
たとえ
ほんの一時であれ
息つく暇を
与えてやりたかったから
航海なんか
ド素人の
俺がなんでと
自嘲しながら
来る日も来る日も
風を読み
男は水を
かき出した
陸地など
望むべくもない
視界不良の
大海原
だがしかし
嵐も波も
小舟の行く手を
阻むには
遠くはるかに
役者不足
悠々たる舟旅に
凪もやがて
訪れよう
…………………
その男
名はハン・ミングク
存在じたいが
「破天荒」だと
歩く「傍若無人」だと
世間は眉を
ひそめるが
身びいきも
甚だしいとの
おとがめ覚悟で
最後に一言
無鉄砲で
見栄っ張りで
情に厚くて
茶目っ気あふれる
一匹狼
不羈奔放の
我が主
男の私が
惚れて悔いない
我が主
微笑ましくも真剣な
その心の譜
皆さまどうか
ご高覧あれ
生まれ変わっても
この主に仕えると決めた
一従者 記す
作品名:弁護士に広げたかった大風呂敷 作家名:懐拳