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overdose

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海に囲まれた或る小さな小さな島は、セイレーンの島。
美しいエメラルドの海に囲まれ、自然にも恵まれた島は正に楽園。
秘境とも言えるひっそりと浮かぶ小さな島は、人間に故郷を追われたセイレーン達が集うには恰好の場所で、自然と行き場を失ったセイレーン達が集うようになりました。
彼女達は海で生活するだけでなく陸に上がって一日を過ごしたり、実に平和に、自由気ままに暮らしていました。

しかしある時一人の漁師が海に難破し、命からがら島に辿りつきました。
人間の存在を忌み嫌っていた住人達ですが、今にも消えかけている命を見過ごすことができず、彼の具合が良くなるまで島で看病をすることにしたのです。

“ありがとう、貴女方の優しさは生涯忘れません。本当に、ありがとう。”

すっかり具合の良くなった漁師はセイレーン達に泣いてお礼を述べました。
そんな彼の手を優しく包み、住人の長は優しく微笑みます。

“礼には及びません。ただし、ひとつだけ、約束して欲しいことがあります。”

セイレーンの長は一族が人間達から受けてきた数々の仕打ちを説明しました。
目を覆いたくなるような迫害の末にようやくたどり着いた楽園。
彼女らが臨むのは、平和。

“この島のことは誰にも口外しないで欲しいのです。私達は、ただ平和に暮らしたいだけなのですから。”

漁師は素直に首を縦に振り、約束を守ると誓いました。
そして彼は住民達に見送られ、故郷へと帰って行きました。

しかし、事件はその1年後に起こります。

人間達がセイレーンの島に大きな船でやってきて、移住を始めたのです。
驚くべきことに、その指揮をとっていたのはあの時の漁師でした。
彼らは森林を伐採し、山を削り、廃棄物を海へと流しました。

これがセイレーンと人間の戦争の発端となったのです。

普段は人間達に姿を見せないようにしていたセイレーン達でしたが、約束を破られたことと楽園を奪われたことに腹を立て、安息の地を取り戻すためについに立ち上がることにしました。
憎み合いの末、人間やセイレーンの血でエメラルドの海が赤く染まることも度々ありました。
海と陸の境目には“戦利品”と称したセイレーンや人間の首が境界線のように並び、まるで領地への侵入者を拒むように複数の虚ろな目が互いを睨み合っていました。

しかし、聖母マリアが落とした涙やキリストの体から散った血からカーネーションが咲いたように、悲しみの渦の中でも愛は生まれる。

これは、あるセイレーンと一人の人間の愛の物語…。


セイレーンは人類の敵だ。
彼女らの美しさと歌声に惹かれてはならぬ。
セイレーンには雄がいない為、彼女かは神が創造したような美しさを持っている。
その美しさを武器に人間の男を海に引きずり込み、肉を喰らって子を宿す。
彼女らを見たのなら、すぐにその喉を掻き切れ。
恐ろしいのは美しさなのだから、傷つけてしまえばいい…。


町でパン屋として働いていたデニスは、海沿いにある小さな木の家に住んでいました。
幸運にも彼の家は、おぞましい境界線の引かれた海岸沿いではなかった為に美しいエメラルドが窓から眺めることができます。
朝日が昇ると、まるで宝石箱のようにきらきらと輝く海は今まで見たどんなものよりも美しく、デニスはこの風景を何よりも愛していました。

彼がこの島に移住してから間もなく戦争が始まり、それが激化する今、人々や町は病んでいました。
パン屋の向かいにある乱暴者な肉屋のヨルゴスなどは毎朝海でセイレーンを捕え、変わり果てた姿の彼女らを馬車の後ろにくくりつけ、引きずりながら肉屋まで働きに出ていました。
町ゆく人々はそれを見て手を叩いて笑い、ヨルゴスの称賛する言葉を大声で叫びました。
平和を愛するデニスはヨルゴスの酷い行為も、また彼が捕えたセイレーンを肉屋に持ち込み何をしているかなどは知りたくもありませんでした。
しかしそれを口に出してしまえば先月のトニアおばさんのように、家も自分も焼かれてしまうかもしれなかったので、皆と同じように声を上げて笑うふりをしていました。
ぱっくりと開いた喉の傷に砂をいっぱい付けながら引きずられる彼女達を気の毒だとは思ったのですが、可哀想だとは思いませんでした。
平和は大好きなのだけれど、戦争なので仕方がないことだと心のどこかで諦めていたのでしょう。
…あるセイレーンに出会うまでは……。

夜が少しだけ肌寒くなってきた頃、仕事を終えたデニスはベッドに入ったのですが、海辺から聞こえる奇妙な声に目を覚ましました。
何かの動物がか弱く鳴くような、今にも切れてしまいそうな糸のようなか細い声。

“こんな夜遅くに、犬でも迷い込んでいるのかな?”

不審に思った彼は、用心の為小型のナイフを持つと寝巻のまま外に出てみました。
空一面には星が散りばめられ、月は優しく微笑んでいましたが、辺りはひんやりとした空気に包まれています。
ふと風が花のような香りを運び、デニスの足は自然とその香りの方に惹きつけられるように歩いて行くと、か細い声はだんだんと近くなり、岩場に辿りつきました。
すると 岩場の一際大きい岩の影で何か動く気配がします。
気味が悪かったのですが勇気を振り絞って覗き込むと、そこには一匹のセイレーンがぐったりと力無く横たわっていました。
背に刃物で切られたような大きな傷ができており、血の気を失った肌は雪のように真っ白でした。
生まれて初めて生きているセイレーンを見たデニスは大変驚きました。

“なんて美しいんだろう。”

しばらくぼんやりとその姿を眺めていましたが、次第に恐怖も込み上げてきました。
セイレーンは敵であり、恐ろしい生き物。
喉を切り裂かなくては…。
手にしたナイフを握ったその時、セイレーンがこちらの気配にようやく気づいた様子で目を開けました。

”そんな所で何をしているのですか。殺すなら殺しなさい。私の喉を一直線に切り裂けば、貴方と同じ色の血が流れ、私の心臓はやがて鼓動と止める。”

それを聞いた彼の手からはナイフが落ち、岩場に跳ね返って鈴のような音を立てました。
目からは大粒の涙がこぼれ落ち、セイレーンは驚いたような顔をしていたけれど、そんなことなどは気にしませんでした。

僕はなんて愚かだったのだろう。
仕方のないことだと諦めていたけれど、敵であろうと一つの命。
種族は違えど、自分と変わりないのだ。
物も食べるし、呼吸もする。
命が消えれば心臓もその動きを止めるし、体温も冷たくなっていく。
神から与えられた命は一つしかないものであり、皆平等なのだ。
デニスは今までの自分が目の前にいたら殴ってやりたいという気持ちでいっぱいになりました。
そして横たわる彼女を抱き上げるとこう言いました。

“これから僕は貴女を救います。僕はもうナイフも持っていないし、貴女を絞め殺すことのできる両腕は、こうして塞がっている。貴女が僕を殺したければ、いつでも殺せばいい。”

セイレーンは信じられないといったような表情でデニスを見つめていましたが、やがて強張っていた身体の力を抜きました。
デニスもセイレーンも、この時には恋に落ちていたのだと互いに気が付きました。

セイレーンはカロリーナと名乗りました。
作品名:overdose 作家名:locapeli