愛されたがりや
「やっと、札幌に着いた……」
そう呟いて、浅く息を吐いた。
朝、出勤で忙しかったにもかかわらず、兄は可愛い妹のために駅まで送ってくれたのだ。
私が車に降りる時、兄は前を向いたまま、また、ちゃんと帰ってくるんだぞ、とだけ言って、私の返事を待たずに車を発進させて行ってしまった。
何か言いたげな表情をさせて。
実家から駅に向かう途中、その短い時間に兄は何度も私に向かって何かを言い掛けようとしていた。
けれど、私はそれを拒否するように兄の邪魔をしてくだらない話を続けた。
なんとなく聞きたくなかった。
そんな私を察したのか、別れ際に言い放った言葉もたぶん本意ではなかったのだろう。
本当はもっと別なことを言いたかったに違いない。
でも、兄は何も言わないまま行ってしまった。
不本意だ、と思っただろう。
私だって、何故そんなことをしてしまったのか、と今更ながら後悔しているのだから。
兄の車が見えなくなるまで、私はただただボーッとしながら見送っていた。
遠ざかる兄の車。
そして、姿が見えなくなった瞬間、不意に淋しさが襲ってきた。
これからまた、一人の生活が始まる。
それが良くて、私は家を出た。
なのに、今は少しだけ淋しい。
あれほど帰りたかった、札幌。
けれど、今はもう少しだけ居たい、と思う。
何故だろう。
ほんのわずかな時間だったにもかかわらず、田舎町特有であるゆっくりとした時間に慣れ親しんでしまったのだろうか。
札幌にいるとなかなか味わうことの出来ない、その忙(せわ)しさから解放された感じが心地好く思えた。
望郷の念にかられる、とはこういうことなのだろうか。
家族の有り方を、幸か不幸かこの歳で知ってしまった。
だから、妙に今はこの帯広の空が恋しい―――。
また、ちゃんと帰ってくるんだぞ。
という兄の言葉を反芻しながら、私は考える。
近い将来、この土地(ち)に足を踏み入れる日が来るのだろうか、と。
たぶん、ないだろう。
いや、たぶん、じゃなくて、きっと、かもしれない。
私は、戻らない。
そう断言出来る。
こんな気持ちになるのは、一度きりでいい。
だから、きっともう戻ることはないのだろう。
この街に―――。