新撰組異聞__時代 【前編】
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勇は、歳三の期待に反する表情をした。
てっきり、喜びのあまり舞い踊るかと思ったのだが。
「何だよ。家茂公上洛の警備だぜ。役に立ちたいってこの間嘆いててただろうが。嬉しくないのか?」
「そりゃぁ、嬉しいよ。だがトシ、私はここを離れる事は…」
「大先生たちの事を云っているんですね?近藤さん」
「それでか」
勇は、土方家の養子である。跡継ぎに恵まれなかった近藤周助は、試衛館の次期道場主、近藤家の跡取りとして勇を迎えた。期待の大きさはどれほどのものか。その期待を、裏切るのではないか___。勇は、そう思ったのである。
「考えさせてくれ」
「結論は急がねぇよ。あんたの答えに、俺は従うよ」
すっかり冷めた茶に口をつけながら、歳三はそれ以上何も云わなかった。
「降ってきましたね」
障子を半分開いた総司が、空を見上げた。
厚く層を成した薄墨の雲の間から、白い物が舞い降りてくる。
季節は、もうすぐ師走を迎えていた。
「何事もなく一年を終わりたいですね」
「よせよ。これから何か起きるようじゃねぇか」
「嫌だなぁ。すぐマジに受け止めるんだから、土方さんは」
チラチラと舞うその下で、彼らは複雑そうに見上げていた。
そしてこの男も。
「冷えてきたと思ったら雪か…」
火鉢の灰をサックリと火箸で掻き混ぜながら、桂小五郎は空を見た。長州では、雪は小五郎の記憶にはない。
___久坂は、もう長州に帰ったのだろうか?とても急いでいたようだが。
その理由(わけ)を、彼は知らない。
この日、その久坂こと久坂玄瑞と高杉晋作ら数名が密談していた事も。
「薩摩に、遅れてはならぬ」
「そうだ。我が長州も異人を討つ」
「しかし、今江戸には勅使がいる。朝廷を刺激するぞ」
「ならば、いい方法がある」
少し京訛りの男が、その中にいた。
「岩倉さま」
「もし成功すれば、長州こそ尊皇攘夷の志士と帝に言上しましょうぞ」
『岩倉さま』は、開いた扇の間でそう云ってニヤリと笑った。
12月12日。
江戸を、ひんやりと乾いた空気が包まれていた。
歳三は、総司と共にぶらりと刀剣屋に寄った。
もし、京に向かう事になったら差料(※ 刀)はしっかりしたものがいいだろうと思ったのだ。
「御殿山まで、行ってみるか」
作品名:新撰組異聞__時代 【前編】 作家名:斑鳩青藍