悠里17歳
曲が切れるとCMに入り、窓の向こうで再開を示すサインが出ると、目の前のスイッチを入れるよう指示が出された。
「ゲスト呼んでます」お兄ちゃんの手が私の方に向いた。
「こんにちは、倉泉悠里です」
窓の外を見るとスタッフの学生がスケッチブックに「挨拶、自己紹介」とカンペを出してくれている。それで緊張の糸が緩んだ。
「すんません、さっき急に言われて輝も来れず、代わりに今日は妹連れて来ました」
それからお兄ちゃんは簡単に私の説明を始めた。色々聞かれて答えていたけど、番組の中で私は何度か話題に上がったことがあったようで、知らないところで倉泉悠里が一人歩きしているみたいだ。それもちょっと恥ずかしい。
「今回は現役の高校生がいるということで、この質問。それじゃあ、リスナーの方に電話します……」
お兄ちゃんはCMの間に選んだ葉書を取り出して、目の前にある受話器を取り番号を押した。二回ほどのコールのあと、
「もしもし」
という男子の声が電話に出た。
「Hi, I'm Greg. Who's speakin'?」
とお兄ちゃんが英語で問い掛けるとビックリした様子で、それでも彼は一生懸命英語で対応をする。
「Amm……,I'm KENTA highschool student from Arakawa」
「Okay, sounds good……。はい、相談事って何でしょう?」
「今年受験を控えた高校生です。部活と、趣味で絵を描いてます。どっちも好きです、でもこの先受験勉強でやっぱりどれかを諦めないとダメなんでしょうか」
「ああ、はいはい……」
お兄ちゃんは相槌を打ちながら回答を考えている。
「これって自分のことやんか……」私は心の中でつぶやく。同じ高校生だから、そんな悩みを持つのは当然といえば当然なんだけど。
「どう思う?現役の高校生」
何を答えるかと思ったら、お兄ちゃんはそのまま話のネタを私にふってきた。
「え、あたし?」
回答に困って眼鏡の縁を掻く。と言いつつも答えを考える自分がいる。
「悠里も、音楽と剣道してるよな?」
「うん……」
お兄ちゃんの言葉は、何かを導いている。目の前にいるその顔を見ただけで、次に何を言えば良いのか魔法のように浮かび上がった。
「うーん」再び眼鏡の縁を掻く私。
「先月、親戚のいるアメリカに行ってたんですけど、でね、向こうはクラブを掛け持つのが常識なんですよ」
「そうそう。うちらの従弟が言うてた」
「それってお互いが作用するから良いことだそうです」
「ほいで結論は?」
「どっちも目一杯した方が良いのでは?」
「僕もそう思います、ケンタ君」お兄ちゃんは私の胸元を指差した。あたかも「ご名答」といったような表情だった。
「二兎を追う者はって言うけど、追わなきゃ二兎を得られない、ダメなら一兎に絞れば良いわけだし。一生懸命すれば一兎は得られる、そんな考え方もあってエエんちゃうかなと思う、どう?」
「そうですね」
「悔い、残したないやん?」
あまり見ないお兄ちゃんのマトモな意見に意見をリスナーに求めていたが、それは自分に言われてるようでリスナー同様に笑うしかなかった。
「てなわけなんで、やるんやったらトコトンまでやりなよ」
「はい、ありがとうございます。頑張ってくださいね、あ、悠里さんも」
「あはは、ありがとうございます」
最後に私も激励されて電話が切れた。自分の意見で人を安心させることができたと思うと何故だか気持ちが浮き浮きしてきた。その高ぶりは、次の曲がかかり音声のスイッチが切れるまで続いたが、時間はあっという間に過ぎた。
「今日はいきなり出されたけど、どやった?」
「え?、ああ。緊張したけど、楽しかったです」
「じゃあ来週からココ座る?」
「いやいやいや」
「来週は渡利がちゃんと帰って来ると思います。今週のお相手は倉泉陽人と」
「妹の倉泉悠里でした!」
「それでは、see ya!」
エンディングの音楽がフェイドアウトするのと同じリズムでお兄ちゃんは音声のレバーをオフにした。スタッフの方を見ると
「悠里ちゃん おつかれさまでした」
とカンペが上がっているのを見て思わず立ち上がってお辞儀をすると、ガラスの向こうで学生のスタッフは拍手をして応えてくれた。
「悠里ぃ、大丈夫やわ、おまえ」お兄ちゃんはヘッドホンを外した。
私も目の前の動きに倣ってヘッドホンを外す。
「えへへ、何が?」
「ぶっつけ本番でも自分が見えてるもん」
「いやぁ、そんなぁ」
私は照れてしまい眼鏡の縁を掻いたり髪を繰ったりする。
「でも、悠里的には至らないところいっぱい、あるよ」
「確かにいっぱいあるけど……」
誉めてるのかおちょくってるのかわからず、私は思わずお兄ちゃんの腕を叩く。
「ほんで、何で大丈夫って言えるんよ?」
叩いた手でお兄ちゃんの腕をつかんで回答を迫ると、鼻で笑ってボソッと一言で答えた。
「昨日も言うたやん、やってて楽しいか楽しくないかって」
「あぁ、ホンマや」
そう言われて腕から自然に手が離れた。
「ってことは、このラジオでも悠里を試してたってこと?」
「ああ」お兄ちゃんの胸元を見ると右の人差し指が私の眉間をまっすぐに貫いていた
「ま、これが最後の審査っちゅうことに、なるかな」
私はお兄ちゃんの手の上で遊ばれている。だけど自分がそれだけ大切にされていると思うと不思議と腹が立たなかった――。