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悠里17歳

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4 CNN



 目が覚めた時には既に短針が頂点に近付こうとする時間だった。みんな夜更かしをしたものだからサラも晴乃も顔がむくんでるよと言ってやると、そういうあんたもよと、そのまま言葉を返された。
「ねえねえ、二人とも。頭痒くない?」
「うーん、確かに、少し」
サラは晴乃の頭に鼻を当てた。そういえば昨日、一昨日とお風呂に入っていない。そう言いながら私も二人の頭に鼻を当てた。冷ややかな笑いが出るくらいということは確かにこれはどうにかした方がいいかも。
「それやったら近くに銭湯があるよ」
「いいねぇ」
 昔初めてここへ来た時にお姉ちゃんと一緒に銭湯に行った事を思い出したのでそこを紹介すると二人は手早く用意をしていて、私が現地までの略図を書き終えるまでには準備完了していた。
「行くよ、悠里」
「もしかしてお風呂セット忘れたとか?」 
「な……失礼な!」笑顔で言うところを見ると冗談で言われてるのは分かるけどちょっと悔しい。忘れたのは本当なんだけど。
「それはお兄ちゃんのを借りたらエエんやけど、そやなくて」
言い出しっぺだけど私は行けそうにない「ごめん。あたし、今――」
そう言って両手でお腹をさすると理解してくれた。場所を教えたのに一緒することはできない。
「あたしはシャワーでも借りるわ」
「そうやね」
「3時までには帰ってきてよ。電車に間に合わへんから」
「わかっとうって」
 二人は私の書いた地図を手に外へ出ていった。一人になった私はふと気が抜けると、さっきまで我慢していた痛みが急に襲いかかってきた――。

   * * *

 違う環境にいるからなのか今日はいつもより少し重い。二人を見送ったあと私は誰もいなくなった部屋で、お兄ちゃんのベッドに転がってうずくまっていた。
「えーっ、マジっすか?」
 それから程なくして、戸の外からお兄ちゃんの声が近づいて来るのが聞こえてきた。一人のようだ、携帯電話で何やら話しているのだろう。続いて玄関の戸が開く音がして中に入ってきた。
「うーん、しょうがないなぁ……、いいよ」
と言ったと同時に襖が開いた。きょうだいでも一応女子なんだから入る時は声を掛けてよね、と言おうとしたけどお兄ちゃんの顔を見るとそんな様子じゃない。
「あれ、サラたちは?」
「銭湯に行ったよ」
「あ、そう」携帯電話をパチンと閉じた「ほんでお前は?」
お兄ちゃんもデリカシーがあるみたいで、横になったままの私の顔を見て途中で質問を止めた。
「それよりどうしたん?何が『しょうがない』の」
「ああ、電話聞いてた?」
私は頷くとお兄ちゃんはニヤッと含み笑いを見せた。何か思い付いたのだろうけど、こういう時の兄の思い付きは概して良いことではない。 
「そうそう。悠里、ラジオに出てみんか?」
「えーっ?いきなり何、それ……」
「前に東京来たとき行ったことあるやろ、大学のスタジオ」
「それって『CNN』のこと?」
 黙って頷いた。お兄ちゃんは学生だったころに輝さんと二人でレギュラーの番組を持っていたのを知っている。でもそれは卒業したはずだ。
「とにかくよ、現DJがUターンラッシュにはまって戻れないんよ」
「それでお兄ちゃんに連絡があったわけ?」
スタッフがいろいろ連絡したようだが、繋がったのはどうやらお兄ちゃんだけだったようだ。
「このまま一人でいるか、付いてくるかどっちがええ?」
急かす訳ではないけど即答を求めるように聞こえる、時間が無さそうだ。
「うーん」取り敢えず重い体を起こす。
 一人でいても辛いだけだ。小学生のころ、家で誰にも相手にされなかった時期がトラウマなのか、孤独になるとストレスで痛みが増すことを自分だけが知っている。慣れないところで一人になるとよけいに辛くなるのは容易に想像できる、となると考えは決まった。
「行くよ……、行くよぉ」
こうしているよりはいいだろう。私は現状維持より変化を選んだ。
「オーケイ、助かるわぁ」
お兄ちゃんはそう言って押し入れの中から使い込まれた半キャップ型のヘルメットを私に投げてよこした。
「これって……、またぁ」
 東京での移動はいつもバイクだ。それもお姉ちゃんが嫁いだ時にお下がりでもらったセカンドのスクーター。免許を持っていないのでよくわからないけど、二人乗りはできる大きさらしい。今じゃビックリだけどお姉ちゃんは聖郷を身籠るまではバイクが好きで、女性ながらカッコよく走り回っていた。時には弟や妹も道連れに、そういや篤信兄ちゃんも後ろに乗ってたのも見たっけ――。お姉ちゃんがまだ神戸にいた頃何度か二人で買い物や近くの道場まで乗せてもらった記憶が懐かしい。さすがに校門前に迎えに来た時はビックリしたけど――。バイクが古いのか、お兄ちゃんの運転技術が下手なのか、私は正直言って後ろに乗るのが怖い、おまけに体調が悪い。さっきデリカシーがあると言ったのを取り消そう。
「文句言わへんの、電車じゃ間に合わへんし大学に駐車場あらへんしよ、まぁ車も免許もないんやけど……」
 お兄ちゃんはけっこういい年なのに普通免許は持っていない。メディアで見る兄は素晴らしいミュージシャンではあるが、普段着のそれは妹から見れば疑問符がいっぱい付く。
「まぁ、そうやけど……」
 色んな人を乗せてきているためか、後部座席も年期が入っている上ヘルメットも清潔とはほど遠い。お兄ちゃんのことだからたぶん私以外の女子は乗せていなさそうなだけに少しゲンナリする。
「帰って来てよぉ、サラぁ、ルノぉ」
 そんな私の願いは届くはずもなかった。なるようになれだ。私はヘルメットをかぶり、ボロのスクーターにまたがった――。
作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔