悠里17歳
車はお姉ちゃんの家に着いた。行きは逆毛が立つほどの緊張感が体力を消耗させたが、車で移動すると意外に時間がかかっていないことに気付いた。エンジン音を聞いて玄関から聖郷がお腹の大きなお姉ちゃんの手を引いて出迎えてくれた。
「お爺ちゃん(グランパ)!」
孫にはデレデレのお父さん。聖郷を抱き上げて頬擦りする表情がとても嬉しそうだ。
「朱音……」緩んだ表情が急に引き締まる「悠里を一人で出すのは危ないじゃないか」
「そうかな?」お姉ちゃんは微笑みながらもしっかり謝っている「悠里も『アメリカ人』なのよ、現地の状況を知ってもらいたかったのよ」
お父さんは頷いているけど納得していない。
「帰りのことを考えていたのか?」
「当然よ。絶対にお父さんが連れて帰って来ると思ったから――」
「賢いな、朱音は。上手くしてやられたってことか」
父の顔がまた急に「おじいちゃんモード」に戻った。自分が小さい時にも見せなかったこの切り替わりに呆れとも滑稽とも取れる笑いが私の口元からこぼれた。
「悠里」お父さんの顔が再び締まった「帰るまでにもう一回だけ、会おう。さっきの件は考えとくよ」
「うん、わかった――」
差し出したお父さんの手を取った。年の割りにはしっかりとした肉付き、そして握力、判断材料としては乏しいが、いつ実現するかはわからないけど私の思いは届いていることに疑いは微塵もなかった――。
* * *
私は聖郷を抱っこして離れて行くテールランプを眺めた。
「お姉ちゃん……」
「どうした?」
「あたし、お父さんにちょっと言い過ぎたかもしれない」
「何が?」
「ううん、何でもない」
「わかっとうよ、お父さんは――」お姉ちゃんは私の肩を優しく叩いた。
「だって、お父さんだって半分は日本人(サムライ)なんよ」
「サムライ?」
「サムライってのは言葉じゃなくて、生き様で語るものなのよ」
アメリカ社会では主張すべき事は主張しなければ反応が得られないと言ったのはお姉ちゃんだ、この社会でも言葉数の少ないお父さんを見て
その中に宿る日本人が見えたような気がした――。