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悠里17歳

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「何にもしてやれへんけど、そこで聞いてなよ」
 ライブハウスにはまだ客は入っておらずステージにはNAUGHTの三人、聴衆は私一人だ。
 三人の青年が織り成すうねるような音の渦、知らない人が聞けば雑音にしか聞こえないが、これはこれでちゃんとした音楽。固定のファンがいてライブをすればしっかり部屋を埋めることが出来るのはその証明だ。しかしそれは日本での話、日本ではそれなりに知られた彼らでもこっちではまだ無名に近い前座のレベル。それでも三人はひたむきで真剣な表情で音合わせをしている。音の激しさとは対照的に派手さは全く無く、ここでも日本の路上でも同じ調子で演奏している。
 お兄ちゃんが「何もしてやれない」と言うのはあながち嘘でもなく、珍しく本気の顔が時折顔を出している。だけど日頃こだわっているように、頑張っているという感じがしない。
「そんな客の入らないライブもよくやってきたよ」
 曲の合間に音が途切れると私の心を読んだのか、ドラムスの輝さんが笑って私の顔を見た。
 NAUGHTのドラムスTerry Tsutsumiこと堤 輝さんは、お兄ちゃんとは高校の同級生で私と同じ年の時のまさに今頃、同じく同級生であるMMの仲介でバンドを組んだ。三人は中学時代のバスケ部の仲間同士で、バンドを組む前からお互いをよく知る間柄だ。輝さんもMMに負けじ劣らず長身で大柄な人が多い合衆国でも大柄の部類に入る。それまでは別のバンドでドラムを叩いていた輝さんであるが、ギミックの解散後ドラムスを模索していたお兄ちゃんとはすぐに意気投合し、ギミック解散後しばらくして神戸を中心に基本二人、時には応援を呼んで活動していた。
 そして二人は高校を卒業して、それぞれ東京の大学に進学して神戸を離れ活動の拠点を東京に移し、一からリスタートした。
「『いいな』と思ったら耳を傾けるよ」
 今度はベースのジェフリーが言った。
 ジェフリー・ミラー(Geoffrey Miller)はワシントン州生まれのアメリカ人だ。お父さんが軍隊に所属していて、小さい頃は沖縄に住んでいたこともあり、最近まで横田基地に住み日本の大学に通っていた。髪は紅毛に近いブロンドで青い瞳をしている。日本に住んで長いので言葉の壁はなく、母語の英語はこの辺で話されるそれの訛り方で聞いてて違和感がない。
「誰だって最初から客を集められる訳じゃない。でもそんな状況だからこそ見えてくるってことも、あるんだ」
 最後にお兄ちゃんが吐いて捨てた。
 日本人の輝さん、アメリカ人のジェフリー、そして見た目は日本人でも国籍はアメリカの日系三世のお兄ちゃん。日本では異色のスリーピースと書かれることもあるが、ここではそうでもなく実際にアメリカで活躍する日系人のミュージシャンだっているので珍しい存在でもない。ジェフリーの言うように、良いものであれば認められる、そこには国籍はない、私はそう感じた。

「いっぺんステージで歌って見るかい?」
 次の曲を弾こうとした直前、ジェフリーが前から私を誘った。
「いいの?」
プロの生演奏で歌えるなんて滅多にない機会だ。これは素直に喜んでいいだろう。返事をする声がちょっと上擦った。 
「聞いてもらう人はいないけど、悠里ちゃんさえよかったら、いいだろ?倉泉」
「ああ、いいよ」
 お兄ちゃんは表情を変えずに答えた。本心はわからなかったが、おもむろにギターを掻き鳴らしたかとおもうと次第に私の知るNAUGHTの曲のリフになり、輝さんもジェフリーもそれに合わせ、お兄ちゃんは私の顔を見た。私は喜んでステージに上がりマイクスタンドを持った。

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔