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悠里17歳

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   トゥルルルル……

「Hello……、who's callin'?」受話器からボソボソっと英語の応答が聞こえた。この時間なので、外国からの電話と思ったようだ。
「お兄ちゃん、あたし。悠里」
「ああ――」私の声を聞いてお兄ちゃんの声が明るくなったと同時に日本語の応答に切り替わった「こんな遅くに、何しとう?」
「宿題。全然わからへんのよ。お兄ちゃんこそ時差ぼけ治った?」
「ああ、慣れとうから。時間がクチャクチャになるんは……、で、どうしたん?」
「うん、さっきテレビ出てたから、ふと気になって……」
「そうか……」
 東京と関西では流れる番組は違う。驚いた様子はなかった。いつものように物静かな調子で喋る。テレビのそれとは大違いだ。
「ねえねえ、聞いて」
「何を?」
 暇な時は他愛のない話をいくらでも聞いてくれる。今日はちょっといい話題があるので驚かせてやろうと思った。
「三年生のクラス替えがあってね、担任の先生が……なんと!」
「郁さんでしょ?」
「えーっ、知ってたん?面白くないなぁ」
「本人から聞いたぞ」
「ぶー、ビックリさせようと思たのに――」
 神戸では名の知れたバンド『ギミック』、解散の経緯についてお兄ちゃんの口から初めて聞いた。発端は確かに千賀先生の入試、東京の大学に進学したことだが、実際はMMも二人におんぶせずに一人立ちしたかったこと、お兄ちゃん自身もドラムではなく自分で書く曲を自分で歌いたかったからで、三人ともこれを発展的解散としたのだった。
「喧嘩分かれとちゃうし、機が熟したらまた集まろうって話はしとうねん」
「へえ……」
「ギミックはうちらの原点やねん。僕らはギミックだったから今までやって来れた」
 珍しく自分のことを語るお兄ちゃん。私はギミックのアルバムを手に取って電話の向こうの表情を想像した。たぶん下を向いて照れてると思う。
「先生悠里のこと他に何か言ってた?」
「ああ」クスッと笑う声がこぼれるのが受話器の向こうで聞こえた。ニヤリとした兄の顔が想像できる「妹の面倒みることになったぞ、って」
さっき笑ったのが気になる。言いたい事はたぶんそれじゃない。
「お兄ちゃんから何か言うた?」
私の予想は的中した。きょうだいだけに声だけでも予感は当たる。
「忘れっぽいからよう見たって、って」
「ひどーい」
「間違った事ちゃうやん。注意喚起だって」
「確かにそやけど……」
 お兄ちゃんが上京して4年、兄の中での私は未だに「おっちょこちょいの忘れ物王」みたいだ。忘れっぽいのは小さい時から変わっていないけど、ハッキリ言われるとちょっと癇にさわる。
「それと……悠里」咳払いが聞こえた「なかなか面白い野望考えてるんだって?」
「そんな事も聞いたの?」
 話題の変化に私はドキッとした。
「それは宮浦から聞いたんやけどね」
 隠したって同じなので正直に返事をした。私が言う前に私たちの計画はギミックのメンバーで話は進んでいるようだ。
「二人とも、一回お兄ちゃんにも見てもらえって」
 物心付いた頃からピアノに向き合っていた兄の音感には敵わない、私が五歳くらいの時にお兄ちゃんの伴奏で歌っていた時も
「あ、今のとこ音外れた」
とよく言われたものだ。とにかく、私たちが不細工なことをすればお兄ちゃんだけでなくMMたちにも影響が及ぶのは百も承知だ。それでも私たちは一生懸命練習しているのを理解してもらいたい。
「まぁ、そうなってまうよな」お兄ちゃんのクスクス笑う声がした「こっちは、事前に言ってくれたらいいよ。ゴールデンウィークにでも来なよ。輝とジェフリーには伝えておくから」
「いいの?じゃあみんなと日程合わせてみる」
「ははは、期待しとうで。やるならトコトンやれ。要は気持ちの問題だ」
「わかっとうよ。『やらずの後悔は一生モノ』でしょ?」
「そのセリフが出れば上等や。宿題はよやっちまえ、夜が明けるで……」
 こうして私たちは一度東京へ「オーディション」を受けに行くことを取り付けた。お兄ちゃんは最後に兄らしい言葉を残して電話を切った。ツーツーと空しくなる気持ちのない電子音で現実に戻った私は机に戻ると書きかけの数式が私を待っていたが、途中から解読しても何のことか全くわからず、結局最初からやり直す羽目になったのは言うまでもない――。
作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔