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悠里17歳

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 台所でご飯の支度をしていると、外から誰かが階段を上る音がした。流し台の前にある窓の外は廊下になってるので、誰かが歩くと聞こえてくる。今日はお母さんが出張先の香港から帰ってくる日だ。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
 玄関のドアが開くと、お母さんは私に一言ただいまを言って部屋に入った。服を着替えてコンタクトから眼鏡に変える。どんな所から帰ってきても、私と全く同じ作業をするのだ。
「お母さん、ご飯出来とうよ」
「あーら、いつも悪いわねぇ」
 今日のメニューは炒めものだ。部活が忙しくて買い物に行けず、弁当用に買いだめしているチクワと、生ではちょっと厳しい野菜たちを一気に消費したものだ。
「『傷み物炒め』やけど、こんなご飯でいい?」
「何言ってるの、嬉しいよ」
 お母さんは私の向かいの席に座り箸をとった。そう言えば私が三年生になってから二人で食事をするのは初めてだった。本当はゆっくり話したい事がいっぱいあるのにお互いの時間があっていつも簡単な事務連絡みたいな会話で終わる。
 私も食卓に座り箸をとった。向かい合って食事をすると鏡を見ているように動作が似ている。これも親子だからか似るのだろうか――。
「お母さん」
 私が声を掛けると箸を止めてこちらを向いた。
今日外国から帰ってきたのに疲れた様子はなく、至って普通の調子だ。それだけ環境の変化に強い。
「前にも言ったけど、明日面談あるねんけど」
「わかってるわよ。4時半に三年五組の教室やったね」
「うん――」
 大事な事は早く伝える、忘れっぽい性格は自分が一番よく知っているからいつも自分に痛いほど言い聞かせている。
 私の学校では三年生の最初に三者面談をする。お母さんは家にいることが少ないので、忘れないうちに確認しておきたかったが、どうやら了承済みの様子で安心した。
「悠里」今度はお母さんが私の顔を見た「進路――、決めた?」
「うん……」一瞬だけ返事が遅れた「一応進学希望で」
「そう――」お母さんはその遅れに違和感を感じたようだ「悠里は将来、何がしたい?」
「それなんよ……」私は苦笑いした。
「あれもしたい、これもしたい。でも結局まとまっていない」
 正直な答えだった。剣道もしたい、音楽もしたい、進学先は……、それも国内でも海外でも構わない。別に就職してもいいと思うけど、今はこれといってなりたい職業があるわけでもない。
「でも、進学は今しか出来ない。試験は時期が決まってるから、それまでは一生懸命勉強しようと思う」
 今現在の倉泉悠里が出した中間結果はこれだ。ぼんやりとはしているけれど、向いている方向は決めたと思っている。
「そう――」お母さんはご飯をおかわりしながら答えた。「悠里も自分で方向決められるようになったんやねぇ」
 子供と言うより孫を見るような優しい目でお母さんは私を見ていた。言外できょうだいと比較してそう言っていることは言わずともわかった。

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔