キラー×ポリスガール
「事情聴取はあたしがやるわよ、三橋部長は記録とあたしの補佐、ナツは本部に詳細を報告しなさい」
いつかの指示に従い、三橋は泣き崩れている対象を車内に放りこむ。それに続いていつかも車内に意気揚々と入る。その様子を見て、夏山はぼやいた。
「ヤレヤレ、張り切ってるなぁ、いつか班長……。まぁこれがこの事件の最初の検挙だから胸も踊るのもしかたないか」
夏山はいつかの指示通りに事態の有様の一部始終を本部に報告した。夏山も満足気に、
(まぁ容疑者らしき人物は確保できたんだ。手柄と言えば立派なお手柄だろう)
本部の報告を終え、夏山が車に戻ろうとしたところ、
「何ですってぇぇ!?」
と車からいつかの可愛らしい絶叫が響いた。それと同時に本部からの応援の車も駆けつけた。
夏山はとてつもない嫌な予感を抱きながら車内に入り、本部の報告が終ったことと本部の応援の車が到着したことをいつかと三橋に伝えた。夏山がよく見てみると、二人と顔が青ざめている。特にいつかはひどく落胆した様子だった。
事情聴取の結論から言うと、三人が必死になって捕まえた対象は被疑者とも事件とも全くつながりのない無関係な市民だった。しかし善良な市民というわけではない。この泣きべそをかいている男がしたことは『軽犯罪法違反』、この男の罪状は、
『正当な理由なくして人の住居、浴場、更衣所、便所、その他通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見した者』
つまり車内で泣きじゃくりながら「ずみません」を繰り返している男の正体は、『ノゾキ魔』であった。
事件と無関係と知った本部の捜査員は、
「後は好きにしろ」
と三人に無情な捨て台詞を置いて、さっさと署に引き返した。夏山は落ち込むいつかに声をかけるのをためらい、三橋に判断を仰いだ。
「こいつ、どうしますか?」
三橋はう~んと、深く悩んだ末、閃いたように、ぽんと手を叩き、
「秦野署の縄張りだから、秦野署に引き渡そう!」
ヤレヤレとぼやきながら、夏山は秦野署に連絡を取り、コトの事情を説明し、
「申し訳ないです、よろしくお願いします」
と一言加えて秦野署にPC(パトカーの暗語)の手配を依頼した。現場に着いた秦野署の勤務員はいかにも迷惑そうな顔をしていた。無理も無い今は午前四時だ。夏山が依頼さえしなければ仮眠を取っている時間帯だ。その後彼らは朝まで検挙手続きの書類書きをやらされることになる。
「こっちの検挙になるからいいけどな、今度は馬鹿逮捕するなよ。朝までオツカレサン」
と夏山にこれでもかとばかりの嫌味を放ち、ノゾキ魔を連れて立ち去る。
(心底この仕事が嫌になる……)
『一斑から本部、このまま張り込み継続します、どうぞ』
『……本部了解』
『以上一斑』
無線報告を終え、一連の事件が一段落し、夏山にどっと疲れが溢れ出した。夏山は無意識にポケットからマルボロを取り出し、一服した。落ち込んでいるせいか、夏山は煙草の味が不味く感じた。すると夏山の手にしていた煙草をいつかが後ろから取り上げる。煙草の先の火に触れたのか、
「あ、あちち!」
夏山は、今度はなんだよと言わんばかりに、
「……何ですか?」
夏山に気圧されることなく、いつかは胸を張って、
「張り込み中は禁煙ってさっき言ったばかりでしょ!」
先ほどまでこの世の終わりのような暗い顔をしていたいつかだったが、時間がたつとともに元気を取り戻し、勝気で可愛いらしい、いつもの表情になっていた。
「一服ぐらい許して下さいよ。本部に戻ったらまたドヤされるだろうし、今回の件、ある意味誤認逮捕ですよ。最悪、被疑者にオレらが張り込んでるのバレたかもしれませんよ」
弁解する夏山の胸元に、いつかは小さな握り拳を置いた。
「胸を張りなさいナツ、ノゾキという不埒な輩の魔の手からか弱い女性を救ったのよ。あたし達は間違ったことはしてない! つまりは正義だったの!」
夏山はハァと溜息をつき、夜明けの空を眺める。
(眩しいな……)
今の夏山にはこの景色もいつかの言葉も輝きすぎて直視できなかった。
(ヤレヤレ、なんでこうなっちまったかな……。一緒に働き始めた頃は……。まぁ今のまんまだったか……)
夏山は真冬のモーニングムーンを眺めながら、いつかと出会った頃の秋の空を思い浮かべた。
作品名:キラー×ポリスガール 作家名:真田 サヤ