関西夫夫 クーラー4
火曜に、関西支社で打ち合わせをして、水曜から出張した。沢野も堀内も、ほんまにおらんので、気楽に専務の部屋を占領して仕事する。案の定、東海のデータも並べられてて、ついでとばかりに最近の中部のデータも応接の机に積んであった。これみよがしに牽制を仕掛けているのだろう。出勤して、オフコンのデータを読み込んでたら、総務課長が挨拶に来た。
「今週と来週は、こっちに出張ります。プリンターを、一台貸してください。」
「それだけですか? 手伝いは? 」
「いりません。俺だけで十分です。」
「今夜は、食事を社長が一緒に、と。」
「すんません。ちょっと無理やから断っといてください。俺、他人様と食事すんの苦手ですねん。それに仕事が深夜までかかりますんで。とても食事の時間に身体は空けられませんのや。」
突貫工事で、監査と通常業務となると、残業は確定している。金曜の夜は、堀内のところへ出張るということになっているので、その日も無理やと言うておいた。堀内から、そう言うとけ、と、指示が出てた。東海から離れられないから愛人を遠征させているという体にしてるらしい。
すぐに、プリンターやら用紙が運ばれて来た。これで、総務課長も用事はない。あとは、仕事をするだけや。とりあえず、関西の通常業務からチェックする。これが半日。それから東海データを深夜までチェックして、おかしなところはプリントアウトして纏めておいた。
翌日も金曜も似たようなもんで、昼には弁当が届くし、適当にお茶も届く。面倒臭いから、ペットのお茶をくれ、と、言うたら、それからは誰も来なくなった。まあ、多少、中部の幹部連中が、挨拶がてらに顔は出したが、それも無視すると、勝手に消えてくれる。
「浪速くん、今日こそは食事でも。」
金曜の昼前に、社長が顔を出した。昼メシを、と、誘いに来たらしいが、そんなもん食うても美味ないもんに付き合えるか、と、内心でツッコミはした。
「すんません、社長。この通りで、外へ出る暇が惜しいんです。」
「それなら、社長室で一緒に弁当ぐらいは? 」
「メシ食ったら、仕事しますで? それでもよろしいか? 」
「いいよ。きみと二人で話したいだけなんだ。」
何を話すことあるんや? と、思いつつ、立ち上がった。この部屋は鍵がかけられるので、外から鍵をかけてしまえば侵入はされない。俺を引き摺りだして、またデータを隠したら、やったヤツは社長の責任で捕まえてもらう。
同じ階の社長室は、堀内の部屋よりも広かった。応接セットの卓には、重箱みたいな弁当が置いてある。どうぞ、と、勧められてソファに座った。
「浪速くん、足、怪我してるのか? 」
ひょこひょこと足を引き摺っているので、社長も気付いた。捻挫です、と、当たり障りの少ないことを言っておく。
「ああ、それで堀内さんが呼び出したのか。今日は、堀内さんと合流するんだろ? 」
「なんか言うてましたか? 堀内は。」
「たまには、愛人と温泉でも浸かりたい、と、言ってたよ。怪我したのが心配で、呼び寄せたんだね。」
「そうなんでしょうね。俺は、あんまり関西から離れたくないんで、ええ迷惑ですわ。」
重箱の中身は、豪華な弁当やった。こんなに食えるかいな、と、思いつつ箸をつける。
「あちらに、ご家族がいらっしゃるからかな? 」
「いえ、関西の水が合うてるんです。俺、ほとんど関西から離れたことあらへんから。こっちへ転勤とか言うことやったら、辞めるつもりですさかい。誘わんといてください。」
「いやいや、そんなことを言わないよ。堀内さんからも、そう言われてる。浪速くんは関西で留守番してくれてるのが、堀内さんも安心できるんだそうだ。」
いつぞやとは違って、物腰柔らかく世間話をしているので、それぐらいなら付き合う。中部の状況と、新しく傘下に入った東海の話やらを聞かせてくれた。腹の中は知らんけど。とりあえず、俺に危害を加えてもしゃーないことは学んだらしい。食事が終わって、コーヒーを飲み始めたら、やっぱり言いよった。
「浪速くん、中部のほうは、ちょっと優しくしてくれるかな? 」
「それは俺に言うても意味ありませんで? 堀内がチェックしたって同じことですから。」
「いや、あれから徐々に改善はさせてるんだ。関西ほどに厳密にやられると、そこいらは穴があるだろうと思ってね。」
「まあ、ボチボチあります。前ほどではないけど、もうちょっと考えて抜くように言うといてください。多少は裏金が必要なんは、堀内も理解してますし、俺も、そこまで、とやかく言うつもりはありませんで。雑なことをしてるから、ひっかかるんやから。」
「わかってるけど、なかなか、いきなりには体制を変えられないもんなんだ。」
「それは堀内も承知してますやろ。・・・・ごちそーさんでした。失礼します。」
メシは終わったので、コーヒーは放置して立ち上がった。あんな湯気のたつもん呑めるわけがない。確かに、以前の杜撰な状態からはマシにはなっている。とは言うても、すぐに目に付くようなことをされてるのは、さすがに優しくしたっても報告から外すわけにはいかへんので、そこいらはスルーすることにした。
三時ごろ、携帯が着信した。相手は、俺の旦那で、メールやった。『残業確定。深夜になる。すまん。』 という短いメッセージやった。確かに、今週は忙しいと言うてたから、定時ではあがれんのやろう。それなら、無理して遠征せんでもええ。どうせ、月曜と火曜は関西支社へ出社の予定や。こっちの仕事は、予定通り定時少し過ぎたぐらいで仕上がりそうなので、『俺が、そっちへ帰る。駅弁買うて帰るから、メシの心配はすな。』 と、送ったら、『了解。』 と、すぐに返事が来た。まあ、堀内と合流することになってるから、新幹線に乗るふりはせなあかん。それなら、ほんまに新幹線で大阪へ帰ったらええ。名古屋の駅弁でも、しばいて花月と食ったらええな、と、考えた。
・・・あれ? 俺、晩飯食うてたか? ・・・・
ちょっと、ここ数日のことを思い返したら、深夜まで残業してビジホに帰り、缶コーヒー飲んで寝てたよーな気がする。昼飯が豪華な幕の内弁当やったから、うっかりメシを食うのを忘れてた。
・・・あかんがな・・・体重落ちてないやろな。落ちてたら、また花月に説教食らうがな・・・・
夏バテしたりすると、いきなり体重が二、三キロ落ちたりする。昼に、アイスコーヒーのみとかいうことになると、そうなる。暑いし食欲なんか元からないから、もうええやん、と、食べなくなるのだが、そうなると、俺の旦那は説教をしさらすのだ。抱き心地が悪いとか持久力がなくなりすぎやとか、骨が刺さるとか、そういう理由で。共同生活をしているのだから、亭主に対して、そういう部分は気を使うべきやとおっしゃる。そんな元から鶏がらみたいな俺の身体に注文をつけいでも、と、俺は思うんやが、俺の旦那は、おまえしかエッチの対象がないねんから、肉は落とすな、と、さらに説教されるので、なるべく体重は落とさないように、最近は気をつけてた。
・・・もうちょっと弁当食うたらよかった・・・なんか、おやつないか? ・・・・
作品名:関西夫夫 クーラー4 作家名:篠義