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逢魔が刻の駅

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「夕飯が出来ましたよ。ケースケ、荷物を部屋に置いて手を洗っておいでなさい」
 そう言えば荷物を廊下に置きっ放しだった。ケースケは慌てて立ち上がり祖父の居た和室を後にする。
 彼は荷物を今晩泊まる部屋に置き、洗面所で手を洗うとダイニングへ向かった。がらりと引戸を開けると途端に食欲を誘う香りが鼻孔を突く。テーブルでは天井から吊り下げられた古臭い電灯が、その香りの元を煌々と照らしていた。
「ああ、お腹減った」
 今日はよく歩いたから。その言葉は口にせずケースケが座ろうと椅子を引く。だが座る前にそこにいたあるものに気付き「あれ」と驚嘆の声を上げた。
「じーちゃん、これなに?」
 見覚えの無い白い毛玉。それは顔を上げ、ケースケを見ると「にゃあ」と鳴いた。
「猫だ。コハク、そこはケースケの席だ。どいておやり」
 コハクと呼ばれた猫は言葉がわかるのか、ぐっと背を伸ばしてゆるやかに椅子から降りる。子猫というほど小さくはないが成猫と呼ぶにはまだ幼い白猫。それはブルーグレーの瞳でケースケを見上げると徐に体を足へ擦り寄せた。
「猫なのは見ればわかるよ。いつから飼ってんの?」
 今年の正月に訪れた時はまだ居なかった。ならばこの秋になるまでの間に飼い始めたのだろう。人懐っこい猫はケースケに「触れ」と言わんばかりに一層体を擦り寄せる。
「盆が終わった頃だったかな。鴉に虐められたのか傷だらけで庭に蹲っていてな。病院に連れて行ってそのままうちの子になったわ」
 色は白だが、名をシロにするのでは芸がない。ならば白い虎(猫)という意味で虎白。「琥珀じゃないぞ」と祖父は自慢げに笑った。
「さっき帰ってきた時には汚れていたのよ。白色の毛並みを自慢するならあなたも汚れを拭いてあげて下さいよ」
 勝手口には足ふきマットと、汚れを拭き取るのに使った布切れが一つ。祖母に文句を言われた祖父と猫は罰が悪そうに祖母から目を背けた。
 
 
 夕食を終え、充てがわれた部屋に入ると電灯を付ける。薄暗く照らされたそこは正月に来た時と殆ど変わらない。変わらない、ということは祖母がこうして時折泊まりに来る孫のために掃除をしてくれているのだろう。有難いことだった。
 振舞われた夕飯は量が多く随分腹を満たされた。少し早いが暫く横になろうとケースケは布団を敷く。ばたりとそこへ倒れこむと昼間に干したばかりの布団が心地よい弾力で彼を受け止めてくれた。
 目を瞑り、布団の温もりを確かに感じながらケースケは夕の事や祖父の話を思い出す。本当にどうなってしまうかと不安の中、あの少年に助けられたことを思い返せば礼を言えなかったことが悔やまれた。明日もう一度駅の周辺で探してみようか。
「君達にお礼をしたかったのは僕の方さ。君が無事でよかった」
 突如頭に響いた声。夢現の狭間を漂っていたケースケの意識は一瞬にして覚醒する。
 飛び起きた彼は数度辺りを見回した後、窓を開けて暗闇の中目を凝らした。だが、矢張りあの白い髪の少年は居ない。今度は廊下への扉を開けて部屋から飛び出す。そこへ丁度通りかかったのだろうコハクがびくりと体を跳ね上げさせた。
「ああ、ごめんコハク」
 驚かせてしまったことにケースケが謝る。そこで彼はこの猫とあの少年の奇妙な共通点に気付いた。
「白い毛色と、その目」
 それに今の言葉。
 もしや、とケースケはコハクを抱き上げる。嫌がるかと思ったが驚くほど抵抗しない。大人しくケースケの腕に収まった彼はゴロゴロと喉を鳴らした。
「お前があの時の少年かい?」
 猫にそんなことを聞くなんて傍から見たらおかしな光景だろう。だが、今日遭った奇異を振り返れば己の知る常識など微塵もあてにならない。問われた猫は分かっているのか素知らぬ顔をしているのか。相も変わらず喉を鳴らしてケースケに甘えるだけだ。
 結局真実はわからぬまま。ケースケはコハクを放して布団へ戻ると、再び目を閉じるのだった。
作品名:逢魔が刻の駅 作家名:Kの字