関西夫夫 クーラー3
沢野が本当に楽しそうに笑ったので、そこそこ、沢野も水都のことを心配しているのだと、堀内は気づいた。大切な駒である水都に危害を加えられたことについては、沢野も怒りは感じていたのだ。
「こらこら、沢野はん。一人で楽しむのは、ご法度や。わしの愛人の話やねんから、わしも一枚噛みますで? 」
「せやな。原因が、はっきりしたらストレス解消に派手に暴れさせてもらおうかな。・・・堀内、報告がきたら回してや。・・・さて、午後の部のお仕事に出ようか?」
「ちゃっちゃっとやりますか。・・・月曜なら、わしも本社に戻れますわ。たぶん、夕方になりますんで説明はしといてください。手配は、わしが連絡しときます。」
「ほほほ・・・おまえ。みっちゃんのこととなると張り切るなあ。実の子でもあらへんのに。」
「あれは、わしの愛人。そら、可愛がりますがな。」
どちらも本心までは明かさないが、この件に関しては共同戦線を張る確認はできた。まずは、目先の仕事を片付けて、月曜の予定を空けることからだ。
月曜から病院経由でタクシーで出社したら、いきなり東川さんから出張を命じられた。沢野直々の呼び出しやという。
「今日は、簡単な顔見せで、日帰りらしい。水曜から金曜までは本社勤務らしいから、荷物の用意しとけ。」
「なんでやねん。そういうのは東川さんの担当やろ? 」
「今回は、おまえでないとあかんねんて。まあ、ええがな。オンラインで繋がってるんやから、あっちでも、こっちの仕事はできる。」
「そうやけど。」
たぶん、また監査かなんかを押しつけるつもりなんやろう。確かに、オンラインで繋がっているから、どこにおってもパスワードさえ忘れなければ仕事は出来る。ただ、俺の都合としては、ちょっと困る。松葉杖を返したものの、まだ足は引き摺ってるからや。やたらと階段昇ったり歩いたりすんのは、正直しんどい。
「移動は、タクシー使ってええらしいで? 金は、これな。精算書書かすから領収書もらいや。」
「え? もう行くん? 」
「当たり前や。一時までに来いって言うてはる。」
「あのおっさん、人使いの荒いこっちゃな。」
「沢野はんやからな。とりあえず、データは、おまえのメルアドにおくっとくさかい。」
ここで、ごねたところで予定は覆らないので、渋々、呼んでもらったタクシーに乗り込んだ。カバンには、相変わらず弁当と水筒が入ってる。つまり、新幹線の中でメシ食わなあかんっちゅーこっちゃ。
本社に出向いたら、すぐに案内された。そこは専務の部屋やったが、おったのは常務のほうやった。
「よう来た、よう来た。大丈夫か? 身体は、どないや? ごはんは? 」
「メシは食うた。身体は、まだ、ちょっと足があかんぐらいや。・・・・ほんで? 」
「まあ、そこへ座り。お茶ぐらい飲んでからでええがな。」
いつものように愛想良く、沢野がソファを勧めて来る。さすがに立ってんのは辛いから、俺も対面のソファに腰を下ろした。秘書が、ええタイミングで、お茶を運んで来る。
それらが出て行って、沢野がお茶に口をつける。人払いしてるんやろうから、俺も無言で待つ。しばらくすると、口を開いた。沢野と堀内が東海のほうへ出張っているので、こちらに座っていて欲しい、という指示やった。
「わしらが睨んでないと、おかしなことするんでな。おまえが、ここで仕事してくれたら、ええ牽制になるんや。水曜から金曜までは、こっちへ出勤してくれるかえ? 」
「今週だけなんか? 」
「できたら、来週も。二週間ほど、ここの留守番頼むわ。仕事は、こっちでもできるようにしてあるさかい。必要なモンは、内線で頼んだら、なんでも用意してくれる。・・・・ほんで、ほんまのとこ、身体は、どうなんや? 」
「背中一面が死人みたいな色合いらしいで。痛みはないんやけどな。足は、まだ、ちょっと痛いんで長時間は、しんどいってぐらいや。・・・えらい災難や。」
「わしも驚いたわ。みっちゃんが轢かれたって聞いて、びっくりや。はしっかい子やのに、そんなボケかますとは思わへんかった。」
「いきなり背後から来られたら逃げられへん。それも、ご丁寧にドアで弾きよったんや。俺が最初やったからな。」
嘉藤は、俺を見て、慌てて飛び退いたから、軽傷で済んだ。俺のほうも、骨折するほどではなかったので、よかったと言えばよかったが、いろいろと腹立たしいもんはある。修理代やら治療費やら、いらんはずの金が消えた。それほど困窮してるわけやないけど、結構な額にはなってる。修理代は会社で立て替えてもらった。シャッター全部取り替えとかで、かなり高額になったからや。今月の出費が多いから、花月は、しばらく弁当をすると言うてる。送り迎えのレンタ代とか外食代とか、いつもより生活費もかかったからや。
「ボリよったな? シャッターの取り替えで、そんなにいくかい。」
「そら、迷惑料も込みやからな。店側にしたら、ええ迷惑や。」
「修理代のほうは、しばらく店で立替にしとき。・・・ちょっと考えるさかい。」
「今期の収支がよかったら、つっこむか? 」
「そうやな。順調なんやろ? 」
「まあ、ぼちぼちってとこやな。新型の連続解禁は、ちょっと出費が痛かったが、回収はできてる。」
「なら、そういうことにしとこ。通勤途中の災難や。経費にしたっておかしないわ。」
「それ、実質は、俺のボーナスを減らすとか、そういうことか? 」
「アホ、言いな。修理代ぐらい会社でみたるわ。」
「裏で回収すんのか? 」
「疑り深い子やなあ。みっちゃん相手に、そんな阿漕なことするかいな。おまえ、そんなんしたら辞めるって脅すやんか。」
「ほんまに? 」
「ほんまや。せやから、二週間だけ、おっちゃんのほうの手伝いしてや? 金曜は早めに帰ったらええ。ほんで、仕事のほうは、夕方に堀内が帰ってきて説明するって言うてんね。それでええか? 」
「わかった。今日は帰るで? 着替えもなんも持ってないからな。」
「水曜の朝から出勤して金曜まで居座ってくれたら、文句はない。来週も、そんな感じで頼むわ。」
修理代を会社の経費にしてくれる代わりに、出張を引き受けるということなら、まあ、損得考えたら、トントンなので俺も了承する。沢野が出てから、堀内の机のオフコンの確認をしてたら、堀内が戻って来た。火曜に、関西支社のほうで、段取りを組んで、水曜から、専務室で仕事をするということで話は纏まった。
作品名:関西夫夫 クーラー3 作家名:篠義