関西夫夫 クーラー1
すでに、十一時で、帰宅していないとおかしい時間になる。俺の旦那は心配性なんで、連絡がないと心配はしてるやろう。昨日、旦那のほうが事件に巻き込まれたこともあって、ちょっと輪をかけて心配性になっていた。
「せやな。携帯どこや? 」
背広の内ポケットに入れていたが、処置する時に脱がされた。レントゲンやら撮られたが、骨は折れてないらしい。おっさんが俺の背広を掴んで、パンパンと叩いて、俺の携帯を取り出した。
「・・・あ、花月。俺。・・・・ちょっとイレギュラーの仕事で遅なるから、先、メシ食って寝てて・・・うん・・・・」
当たり障りのない連絡をしたのに、嘉藤のおっさんに携帯を取上げられた。あかんって、と、俺は手を延ばしたが、おっさんは椅子から立ち上がった。
「・・・すまんが、このまま入院になるかもしれへん。場所? いや、わしが付き添うし・・・手続きも・・・ああ・・・ああ・・・わかった・・・」
ほれ見てみ、そんなこと言うたら、旦那は飛んで来るんじゃ。どあほっっ。と、内心でツッコミしたが、痛くて動けない。救急病院の場所をおっさんは説明して携帯を切った。
「来るんやと。・・・・・わし、タバコ吸うてくる・・・」
「ぼけっっ、言うたら、あかんのやっっ。」
「愛があるってことにしとけ。佐味田に連絡してくるから、おとなしゅうしとけ。ええな? 」
被害者である俺らには、すぐに情報なんか回ってきゃーへんので、そこいらを佐味田のおっさんに聞いてもらうらしい。まあ、おとなしゅうもなんも、俺、あっちこっちズキズキして動ける状態やないっちゅーねんっっ。また、迷惑かけるなあーと旦那のことを思い浮かべた。たぶん、びっくりして慌てて飛んでくるやろう。大したことはないんやと言うても、心配するには違いない。
連絡を受けた俺は、とるものもとりあえず慌てて、教えてもらった救急病院へタクシーで乗り付けた。薄暗い病院の入り口で、見知った顔が待ってた。頭に包帯を巻いた厳ついおっさんか、俺に手を振った。
「水都は? 」
「落ち着け、バクダン小僧。骨も折れてないし、脳波も異常ないらしいんやが、打撲と捻挫が酷いんで、入院になる。」
「入院? 」
「わしのほうで、そういう手続きをしといた。・・・・ちょっと気になるんで、しばらく入院させてもええか? 」
「何が気になるんや? 」
スパーと紫煙を吐き出して、おっさんが難しい顔をする。どっか悪いのかと俺も顔から血の気が引く。
「・・・・みっちゃん、狙われたんや。後ろから来たクルマが、ドア開けて、あいつにぶつけよった。もし、狙われてるんやったら、ここのほうが安全やと思う。・・・おまえ、みっちゃんが狙われる理由、知らんか? 」
「あいつが? ・・・・ないと思うで。基本的に、水都は人間なんか興味あらへんからな。」
「せやんなあ。わしも、そう思うねん。せやけど、ただの悪戯にしてはタイミングが良すぎるし・・・今、うちのほうで調べてもろてるから、何らかのことは解ると思う。それまで、二、三日、ここに監禁しとこうと思う。ええか? 」
「・・・ええけど・・・」
「そいつ、わしらを倒してから、その先でも人を轢いてんのや。せやから、すぐに犯人は捕まるはずや。今は、防犯カメラとかNシステムとかあって、おいそれと逃げられへんからな。」
咄嗟のことで、嘉藤自身も車種も色も確認していなかった。丸い車で外車であることぐらいしかわからないと言う。とりあえず、今、嘉藤が把握している事態だけは説明してくれた。たまたま、シャッターに飛ばされたから、それがクッションになって水都は骨を折るほどのことにはならなかったらしい。
「外車? 」
「せや、わしら、道路の左側を歩いてた。もし、二人組やったとしたら国産かもしれへんがな。左側のドアを開けて、ぶつけたんや。」
「おっさんは? 」
「わしは大したことあらへんのや。ライトで振り向いた時に、みっちゃんがぶつけられてたから、すぐに受身取ったんで、頭を擦っただけや。脳波も、なんともない。・・・・それから、みっちゃんには監禁の話は内緒な? 」
「わかった。」
ほな、案内するわ、と、タバコをもみ消して、中へ入る。処置室で横になっていた俺の嫁は、俺の顔を見て、一瞬、ほっとした顔になってから、ポーカーフェイスに戻った。頬やら手やら、あっちこっちガーゼを貼られて、検査服にされている内側にも包帯がある。
「えらいことになってんなあ、水都さん。」
「おう、貰い事故や。相手が判明したら損害賠償してもらう。」
「・・・・せやな。」
「・・・こんな時間に悪いな? 」
「かまへん。おまえが、思ってたより元気でよかった。・・・・入院やねんて? 」
「らしいわ。頭とか打ってたら、あかんから様子見らしい。」
「気分は、どーや? 」
「今、痛み止め打ってるから、ようわからへん。まあ、動いたら痛い。」
「どこが? 」
「足。捻挫してんねんて。・・・いきなりやったから、きつう捻ってるんやってさ。しばらく、松葉杖しやんとあかんって言うてた。」
「さよか。なんか飲むか? 」
「コーヒー。」
「どあほっっ、刺激物はあかんわっっ。」
「ほな、お茶。」
「はいはい。」
リクエストに応えるべく、待合室まで遠征した。嘉藤のおっさんもついてくる。この人も、一応、入院になるらしい。
「後の事故のほうが、大事らしいてな。そっちに人が取られてるんやわ。ほんで、わしらは放置されてて自由にできる。」
「あんたらの後で轢かれたほうか? 」
「せや。手術しとる。」
「うわぁー、よかった。うちの嫁やなくて。俺、そんなんやったらパニくってたわ。」
待合室の自販機で、お茶を買って、ひとつは、おっさんに渡した。もうひとつは、嫁の分や。それを持って行ったら、ようやく看護婦が病室に移動するとストレッチャーを運んで来ていた。嘉藤のおっさんと同室の二人部屋というか、ナースステーションの隣りの部屋やと教えられた。一応、俺は部屋をシェアしてる同居人ということで、看護士には説明した。完全看護なので、付き添いは必要ないということなので、病室に落ち着いたのを確認して、俺は帰ることにした。明日、着替えとか諸々は運んで来るつもりやが、うちの嫁が恨み買うような相手って、どんなヤツやろう、とは考えた。ひとつ間違ったら、大怪我するほどの怒りとなると、生半可ではない。とはいうものの、そうなるには、それなりに、うちの嫁は接点がなければならないわけで、そんな相手は会社のおっさんたちぐらいしかない。それ以外に、俺の嫁には知り合いはないからや。
作品名:関西夫夫 クーラー1 作家名:篠義